けさめし

けさめし天国

(独身・単身貴族の朝めしを追究する!)010731up
独身・単身の朝めしは大切だ。この朝めしひとつで1日のすべてが決まるといっていい。ツーリングに行く朝も、しっかりめしを食ったと食わないじゃ立ちごけ・事故率がしっかり違ってくる(ような気がする)。事例研究大全。=一部よるめしあり。

☆ポトフ特別講座☆


★スープと漬物
 何の変哲もないスープと漬物である。軽いポタージュ風スープと軽井沢ソーセージ。これに添える漬物は、やはり高菜でなければならない。高菜の酸味とポタージュの相性の良さが格別であることは猫でも知っている。


★またも野菜ごろごろスープカレー
 気力体力衰弱、鬱状態のとき、簡単に作れて元気が出るとなればこれもその一つじゃないか。なんでもいい、ほとんど調理しないで調理する。武士道というは、寝て待つと見つけたり。
 ところで今年の長征ツーリングはどこだ。会津か四国か、はたまた島根、鳥取か。
 野菜はほとんど切らない。切らずにそのままではサルと同じだからせめて一刀両断だけする。するとじゃが芋は二つになる。大きい。玉ネギも同じだ。いずれも炒める。合い挽きの肉も一緒に炒める。そして軟らかくなるまで煮る。そこへスーパーにて調達したスープカレーの素を入れて寝て待つこと20分である。
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 まず野菜と肉を炒め→じっくり煮て→押し麦入りの飯にて食す。まいったか!



★ショウガ入りポトフ
 じゃが芋、丸のまま2個、ニンジン大1本、玉ネギ2個。ベーコン。
 まずベーコンをフライパンで十分炒める。野菜を炊く。そこへベーコンを加えて出来上がり。途中、ショウガをスライスして加えるのが今回のポイント。体が温まる。
 じゃが芋丸のまま、玉ネギ半分のまま。技のないところにこそ技がある。
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★スープカレー
 ポトフを作ろうとする途中で、いかにもポトフは水っぽく、食いたくもない、と思ったらただちにスープカレーに作戦変更すべきである。なぜなら、ニンジン、玉ネギ、じゃが芋、そして骨付き鶏肉(これはいったん塩コショウでよく炒める)をスープにするまではポトフもスープカレーも同じ仕様なのである。くそまずいスープの素を入れる前にポトフからの避難に着手すればすべてはうまくいく。ポトフから、スープカレーの栄光にたどり着いたとき、勝利の女神はほほえむ。
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★小豆を炊く
 秋の入り口に小豆を炊く。これ武士の作法なり。ことことことこと豆を炊く。小豆は大納言。大納言はそのまま水に入れ、すぐに炊いてよい。一回水を替え、再び炊く。大匙3杯の砂糖を入れ、ほのかな甘みを出す。1時間かもう少し炊いたところで火を止める。めしと小豆だけでは納まりが悪いから、ここはおでんを添えるのが正しい。小豆のほのかな甘さと歯ごたえは日本人にしか分からない味わいである。うまい小豆を求めて北へ向かう不良中年もいるようだ。南無。
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★野武士のすき焼き
 すき焼きは手早く作る。鍋に脂を引き、牛肉200グラムを焼く。香ばしくなったところでしょうゆと砂糖を加える。そして、玉ねぎと事前に軽く湯がいた春雨を入れ、さらに春菊を加えて煮込む。出来上がりだ。大きな肉の塊を食らう。肉は国産が望ましい。玉ねぎは事前に切って30分放置することによって、中性脂肪を減らしてくれる。1日600キロのロングツーリングを支える動物性蛋白質とビタミンを一気に取ることができる。ただ、3ヶ月に1回程度しかセットできない料理であるのが残念だ。やむを得ぬ場合は豚丼で代行するしかないだろう。その場合はツーリングの距離を300に抑えたい。やはり気合が違う。ギュウの気合は別格だ。
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★そうめんキャベツ
 きしめんの次はそうめんということになる。丼に濃い汁を3倍薄めて入れておき、茹でたそうめんを入れる。その上に別茹でした白菜、ほうれん草を載せる。そしてキャベツの千切りを添える。何もない、ただの野菜そうめんとキャベツだけである。気が疲れているときの特効薬として知られる料理だ。何もないから食するときも気が楽だ。気が楽だからほっとする。
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★きしめんが野菜で奮い立つ
 きしめんがうまい。きしめんに肉を入れることもあるが、野菜だけで、きしめんのうまさを引き出してみるのもいいだろう。春菊、ネギ。これだけである。ネギは太めの柔らかいものを採用する。平たいきしめんが舌に載る、汁のしょうゆ味が広がる。そこに甘いネギが加わる。そしてやや苦味のある春菊が、座の引き締めにかかる。この緊張関係が淡白なきしめんを際立たせる。が、これだけでは殺伐としたやりとりでしかない。そこに切り込んでくるのが生卵である。とろりとしたたんぱく質の味が、野菜の気まずい関係を包み込んで、万事OK、結果良ければすべてよしとなる。めでたい。
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★アジの開きとドイツ風キャベツのハーモニー
 けさめしにアジの開きは当然のこととして、キャベツにマヨネーズを添えたドイツ風野菜の添え物、そこに自己主張しているのは、あのとろろ芋であった。実に素朴な、それでいて絶妙のバランスを保ったメニューである。アジにもいろいろある。一枚150円から上は700円まで。700円のほうがかなりうまいかというとそれほどでもない。ただし、肉厚ではあるが。このマヨネーズは低カロリーに作った製品であることは当然である。朝から脂を取るのは避けたい。問題はこのキャベツである。さっと湯がいてさっと下ろし、ただちに食べる。そのタイミングいかんでけさめしの仕上がり具合が変わってくる。その前にアジも焼いて温めておく。同時並行の緻密な作業なくして、完全なけさめしは成立しない。
(041223)



★ロシア風スープにサンマ昆布巻き添え
 玉ねぎ、じゃが芋、ニンジンをざっくり切り、よく煮て大きめのコンソメ2個を入れてさらに煮る。そこへ約300グラムのトマトソースを加えて弱火で仕上げる。すると、有名ホテルのスープもかくやと思われるスープが出来上がる。クルミ入りパンと野菜ジュースを添えれば、帝国ホテルも真っ青なしゃれた朝食である。しかし、こんなものを2000円も出して気取って食う人間は未開人と言うしかない。文明の香りも何もない。手抜き料理を絵に描いたようなしろものである。教養の深さを競うならしゃれ者シェフが恥じ入る発想がなくてはならない。サンマ昆布巻きはその役割を担って登場する。気の利いた西洋風朝食の場に、日本近海、北海の幸の真髄ともいえるサンマと昆布が殴りこみする。それによって危うく崩れかけた食卓のバランスが、退屈なサロン風食卓を、切るか切られるか、切迫した本来の食の文明の世界に引き戻すことになる。
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★技術の粋を集めた弁当である
 いまや、外食には相当注意を払わないといけない。脂肪、塩分、添加物・・・。外食の魔の手は体に襲いかかるのだ。けさめしは台所で食するからいいとして、ひるめしはどうしたらいいのだ。この人類の悩みに応えるのが日本古来の「弁当」である。いまやBENTOは、世界共通語になろうとしている。米国の外食産業まで「BENTO」ブランドで日本への進出を図るご時世である。が、弁当まで外食産業にまかせては何の意味もない。自作の弁当をものにしてこそ人の生きる道ではないのか。
 この弁当のバランスには思わず舌を巻く。炭水化物、動物性たんぱく質、野菜、果物が整然と配置されており、栄養学的見地の評価にとどまらず、その景観はまさに芸術というしかない。ソーセージ、焼き魚の一片で和洋のバランスを保ち、めしの上にはアミの佃煮を載せて日本古来の食品の主張をやや強めに表現している。梅干は弁当の弁当たる所以を明らかにしており、さらにその殺菌力で実効ある働きまで付け加えているのだ。イカ、昆布の砂糖煮、佃煮で弁当中盤の退屈に陥るところを救い、みかん、トマトでせいせいと明るいひるめしを終えることができる。この一連の力強くもドラマチックな流れは、ワーグナーの交響曲を思い起こさせはしないか。
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  ★刺身コンニャクと卵の絶妙な相性
 刺身コンニャクのさっぱりした味と、卵焼きの脂、タンパク質の相性に気付いた人はいるだろうか。酢醤油を絡めたコンニャクののど越しの良さに、卵のやや重たい味わいがハーモニーを奏でる。オフロードバイクで山を越え、BMWで一気に平原を行く。そんな夢の長旅を思わせる。
(040620)



★気品、気骨の山椒(サンショウ)であった
 岐阜は高山市といえば、高山祭り、壮麗な屋台、そして煎餅、わらび餅、高山陣屋。週末の街は若者でにぎわう。が、高山に隠れたものありと言えど、知る人は少ない。高山特産「山椒粉」である。
 ウナギの上にパラパラ振りまく山椒に敬意を払う者はいない。たかが山椒である。ピリリと辛く、少しばかり香ばしい。それだけのものである。だが今は「である」、というより、「であった」、と言うべきだろう。高山の山椒、これを知った者は、この山椒の前に一瞬、唖然とする。「これは山椒ではない。いや、これまでの人生で知った山椒ではない」。そして涙する。
 その香りは、屁をひったような、姑息な、矮小な、どうでもいい振りかけの一角を占めていた山椒ではない。突然こちらに向かって「俺は山椒だ」と主張する強い意志に、思わずたじろぐ自分を発見することになる。山椒の生きたままの香りが、人を打ちのめす。ウナギの添え物でしかなかった山椒が、いまやウナギと対等に存在を主張するのである。その香りは、青臭いかと思う間もなくしっかりした気品を漂わせ、次に画然とした形を見せるかのような気骨をもってこちらに迫ってくる。高山の山椒こそ古都の遺産であった。
 高山山椒の力は、ステーキに合わせてもなおかつ力強い。味噌汁に入れてもなおかつ高山武士のいさぎよさを失わなかった。(下は、ステーキに存分に振りかけた高山山椒。うーむ、サンショ)
(040505)



  ★沢庵一喝
 沢庵が一般的に日陰者扱いされているのは本邦いずこにおいても同じである。しかし、その日陰者も、では無くていいのかというと、そうではない。どうでもいい、とされながら、いざ無いとなると「どこにある」と大騒ぎになる。実に身勝手な扱いを受けてほぼ1000年になろうとしている。企業の人材で言えば、プロジェクトXに登場する「干された窓際社員」と同じである。会社は干しておきながら、干された社員が実はとんでもない力を発揮する。会社のバカ幹部に人材が見抜けないのはいずこも同じである。こうしたバカ幹部会社のことを「沢庵会社」というのはすでによく知られていることだ。
 食卓においても沢庵の位置づけは同じといっていい。沢庵を活用できない食卓はそれだけで料理失格と言っていいだろう。
 ところで沢庵は塩気が多いことから中国でも「多不レ食」(多くを食らわず)と称し、本邦に伝わってのち、(多くを食わず→多を食わず→多食わず→たくわず→たくわん)となったことはあらためて言うまでもない。それほどの由緒を持ちながら、いかさま評価が曖昧なのは残念である。
(040411)



★武士が隠れ食う「づけ丼」
 潔(いさぎ)よさに欠けるものがある。あえて言おう。「づけ丼」である。刺身は潔いものだ。すぱりと切って、すぱりと食う。醤油をからめる程度のものだ。ところが、づけ丼は醤油かたれにしばし浸さなければならない。すぱりと切ってまだ生きのいいうちに食う刺身にくらべ何とも潔の悪い身の上だ。出陣間際に鎧、兜もとっちらかって慌てふためく雑兵のごとしだ。武士の面目すらない。潔く食うべきマグロにもうひと味つけてうまく食ってやろうという下司な動機がどうしても透けて見えるのだ。
 それでもづけ丼にこだわる。下司と知りつつだ。それが人の悲しさでもある。「食わねど高楊枝」が武士の身上であるのに「もうひと味を」と望むその心の迷いが死を招くのにである。
 迷いの中に生きなくてはならない武士の後ろめたい気持ちをなんとか和らげようと添えられるのがゴーヤチャンプルーである。つかみどころのないゴーヤチャンプルーがづけ丼に同情して寄り添う。しかし、それではけじめがつかない。けじめをつけるために登場するのが赤だし味噌汁である。赤だしは味噌の精髄である。づけ丼とゴーヤチャンプルーのあいまい、妥協の競演に喝を入れるのが味噌の精髄なのである。しかし、赤だしにとってこの役目はあまりにも重い。哀れである。
(040410)



★もがく標準和食
 久々の標準和食である。マグロの刺身に甘辛煮豆、そして梅干しである。刺身が奢(おご)られているのは、昔で言えば商家の主人の晩飯か下級武士のたまに贅沢の膳の姿だ。良き時代の日本人の心根を伝える、素朴で毅然とした姿である。が、どこかおかしい。納得できない雰囲気がある。手抜きでおすましがないのは決定的だが、それだけではない。刺身が載っている皿が発泡プラスチックであることが、重大な懸念を生じさせている。本来、刺身は、たとえ安物でもいい、しっかりした焼き物の皿の上になければならない。どうしてこんなことになったのか。
 それは、ただ単に魚が載る四角い皿が無いからだけではない。皿であれば丸くても構わないのだ。今の時代が、このささやかな食膳に焼き物の皿を出すことを拒んでいるというのだ。魚といえば養殖、カニといえばロシア製、イクラといえばプラスチック製、豆腐といえば中国産、うどんといえば米国産・・。こんな世間に誰がした、その恨みがどうしても焼き物の皿を出させない。出そうとすると手が止まる。この恨みの恐ろしや。たしかにこの刺身も南米大陸西岸沖産である。そんなものに焼き物の皿は出せようか。その声が聞こえてくるのである。それはあたかもイタ車のドカティーを前に、どうしてもSHOEIのヘルメットがかぶれないことと同じであった。南無。
(040404)



★のり付きゴーヤチャンプルー
 ゴーヤチャンプルーは沖縄の心だ。ゴーヤを二つに切り、中のワタを取り除き、菜花、ナス、ピーマンとともに塩こしょうして炒める=写真左。そしてしょう油をまぶし、溶き卵を混ぜてかき混ぜ、出来上がり。苦いゴーヤとほかの野菜、卵の入り交じった味は癒し系と言える。
 が、それだけでいいのか、多くのチャンプルー愛好家はそこに悩みありという。混沌としたうま味はそれはそれでいいのだが、収まりが良くない。調和の取れた味でありながら、うっかりするととっちらかってしまう恐れ無しとしない。多くの愛好家は常にその悩みを持ち続けていた。
 それを解決したのが江戸前の海苔である。江戸っ子は単純だ。てやんでー、ですべてを解決してしまう。その単純さが、複雑なチャンプルーのあやういバランスを一気に統一してしまう。チャンプルーを二度口に運んだ後、海苔を一枚味わう。この正しい味わい方をしっかり実行することによって南国の絶妙な料理が完結するのである。南国へのツーリングの門出のけさめしとして推奨していいだろう。
(040320)



★サンマ一人めし
 「サンマも一人、こちらも一人。一人同士の仲ならば、仲良く食らおう食らわれよう」という有名な詩が・・・あるわけない。しかし、一人サンマを食う時は、詩人の心を持たなければいけない。サンマは一匹だとさすがに寂しそうに見える。
 北海道の食堂のサンマは寂しくない。皿の上に三匹もてんこ盛りで出てくるからだ。サンマが皿の上で宴会をやっているのだから寂しいわけがない。
 しかし、一匹のサンマは寂しい。寂しいだけでは能がない。ほうれん草を添えるのはそんな寂しさに色を添えるためだ。だが、ほうれん草を添えるのは、だれでも気が付く。
 赤味として加えるものがある。それが明太子だ。明太子がこの場に加わることによって、座の意味合いがガラリと変わってくる。サンマとほうれん草で成り立つ微妙で静かな座の雰囲気を明太子が壊そうとする。が、明太子1個では、かろうじて座の雰囲気は壊れない。壊れそうで壊れない、その緊張感がサンマ一人めしの世界を深いものにしている。明太子が3個もあっては大破壊になってしまう。壊れそうで壊れない明太子1個の持つ意味をあらためて認識することができる古典的な好例だ。耐寒訓練の朝に気を整えることができる定番のけさめしである。
(040314)



★外食編・カニのバリバリ食い
 能生のカニ市場でカニをバリバリ食らう。カニはうまいかしょっぱいか。一匹千円なれど足はやややせ細っている。同行の者は「こは、カニ食らうにあらず。カニ食いにことよせし、しゃれなり」。カニはうまいか水っぽいか。水っぽい。これはしゃれで食うしかない。カニ食いは江戸っ子のやせがまんとぞ。合掌。
(040102)



★サンマの蒲焼きに海苔の佃煮こそ原点
 正月も早や三日、サンマの蒲焼きの缶詰のふたを静かに開けてこそ人生の無常を知ることになる。海苔の佃煮の黒一点が白い飯の上に乗ってこそきっぱりとした朝になる。味噌汁に干し魚をいくつも泳がせてこそ元気が出る。合掌。
(040103)



★ドイツ魂1号飯(どいつだましいいちごうはん)
 R100RSに宿るドイツ職人魂を知るには、それなりの食事が大切だ。ドイツ魂を知るのに一番は、なんといっても「じゃがいも」だろう。ドイツといえばじゃがいも、じゃがいもと言えばドイツと言うくらいだ。ドイツ人は朝から晩までじゃがいもを食っている、かどうかは知らないが、じゃがいもの強烈に個性を主張するでもなく淡々とした味わいが、イタリアやフランスのようなあくが強いがイマイチ感に満ちたあぶなーーい感じとは違った着実な技術を生み出してきたのだ。
 野菜をさっと湯がいて、ゆでたじゃがいもを添える。このドイツ的シンプルさが、すべての精密部品製造の源泉となるエネルギーに転換する。ここで最も大切なことは、野菜とじゃがいもに添える「塩」である。日本の、米国の、中国の塩ではなく、ドイツの塩であってこそ、この料理を完結させることができる。その期待される塩こそ「Alpen Salz(アルペン・ザルツ)」である。ドイツアルプス山中にある天然の岩塩を精製し、ハーブを加えたものである。ほのかなハーブの香りと淡い塩味を舌の上で味わいながら、RSの旅の準備をするのである。
(031010)



★納豆作戦は装備近代化から
 技術革新のピッチはあまりにも速い。ブッシュがイラクをこてんぱんにやっつけようとしているのも、古い兵器の在庫一掃を進め、最新兵器を投入して成果を試したいからだといううわさがもっぱらだ。一方、当方は平和的技術革新に取り組んでいる。ツーリングの朝、納豆で気持ちを引き締めようとする際も、従来の箸2本の作業から、なんと「納豆かき回し棒」1本でらくらく混合作業ができるようになった。これが技術革新と言わなくてなんであろうか。
 その形態は、一本の棒の先に二つに分かれた強力なギザギザ棒が装着されている。これで混合作業に入ると、納豆は実にスムーズに、喜々として瞬時に混ざり合うのである。その効果には驚くしかない。14年前のBMWで長期ツーリングに乗り出す時も、この最新装置を必ず携帯するのである。
(030309)



★究極の国際めし
 日独伊三国同盟で戦争したら負けてしまった。ドイツ人は今、こう言う。「ヤパーニッシュの兄弟よ、こんどはイタリア抜きでやろうじゃないか」。それならフランスってもんか。フランスだってアメリカさんはほんとはあまり好きじゃない。それじゃあ日独仏三国同盟・・というのは物騒だから、時々ある国際ツーリングに備えて、国際めしを作る訓練をしよう。フランス人とドイツ人と走ったことがある。ドイツ人は250ccでやたらにスピードを出す。フランス人はいつも大汗かいて走る。
 フランスに敬意を表して、まずフレンチトーストを用意しよう。温かいミルクにパンをひたし、蜂蜜をたらーりとたらして出来上がりだ。そしてフランクフルトソーセージをボイルする。そして、日本代表は「はんぺん」だ。はんぺんの鮮やかな白さがまぶしい。フレンチトーストの甘さに、ソーセージのほどよい塩味が加わり、はんぺんの柔らかい感触が今日一日の国際色豊かなツーリングの成功を予感させる。
(020908)



★究極の海老沢うどん
 日本人は和洋折衷、なんでもありの改良の神様であることは今さらいうまでもない。ここに登場した「海老沢うどん」もささやかながらそんな事例のひとつだろう。
 さっとゆでたうどんをどんぶりに入れ、別に湯がいた野菜をのせる。これだけでは単なる野菜うどんで面白くもおかしくもない。日本人の職人魂がそんなものは許さない。そこに登場するのがドイツ製のザワークラウトである。あくまでドイツ製の一瓶500円の本物のザワークラウトでなくてはならない。これだけでは単に洋ものをあしらっただけで工夫も知恵も何もない。そこに決めで登場するのが、サクラエビである。ザワークラウトを添えた後に、サクラエビが日本精神を身にまといながらどんぶり上に鎮座するのである。これこそ和洋折衷、改良の神髄であった。酸味を帯びたザワークラウトと、しっかりしたうまみがしみ出すサクラエビの調和を楽しんで、やや立ち上がりが遅れたツーリングに旅立つ。出発は午前11時になる。そんな時の即めしでありながら優雅な味わいが豊かな旅を約束する。
 「海老沢うどん」は「エビ・ザワークラウトうどん」がなまったものである。
(020504)



★トンスキー、いっぱーーーつ
 魔のすき焼きから逃れることしばし。しかしすき焼きを食べずにいられるだろうか、いや、いられない!。そこで登場するのがトンちゃんであーーる。トンちゃんのパック肉を軽く湯がいて、鍋に入れ、醤油、少しの砂糖、酒を入れて火にかける。そして、牛ちゃんとの明らかな落差を埋めるために登場したのが下仁田ネギだった。愛車BMWで上信越道を飛ばすこと1時間ちょい。下仁田で降りて駆けつけたのは、毎度ごひいきの下仁田ネギ屋さん。インターを降りて3分で着いたのであった。
 狂牛病で安値だというネギは10本近くあって500円。太く、柔らかいネギだ。
 さて、ネギを入れて豆腐も入れて、煮上がったトンスキー焼き。白いご飯とたっぷり食べて、ネギ買いツアーの疲れを癒したのであった。
(020303)



★即戦力、伝説の「ラーラーシャケ」とはこれのことだーー!!
 総員起こし、出動!のあわただしい出撃に欠かせないのが「すぐおいしい、すごくおいしい」の「即(そく)めし」だ。天気晴朗なれど金はなし、手ごろな材料ですぐ作れる戦闘食が「ラーラーシャケ」なのだ。ラーメンライスになぜかシャケが付くバランスに富んだ絶品である。インスタントラーメンを手早く煮て、出来上がったところでライスをラーメンに載せる。ラーメンライスは普通、ライスが別に付くが、この際、そんなひまはない。そこでラーメンにライスを載せる。ラーメンを作っている間にシャケを素早く焼いておく。あわただしさを象徴するために、ライスも体裁よく載せないでばっさりと雑に載せるところが、みそである。さらさらとかき込んでエンジンに火を入れれば、一日平穏無事、峠の道もこれまた楽しく走ることが約束される。不良中年の皆さんにもお勧めだ。
(011223)



★牡蛎(カキ)のオイル炒めにアナゴめし添え
 カキをごま油で軽く炒め、バターと少しの塩を落とし、さらに少し炒め、にじみ出たカキ汁とともに椀に盛りつける。食品売場で閉店間際に200円安くなったアナゴめしとともにくらう。カキは一パック全部を使う。カキのうまみが口に広がる。そこへアナゴめしのこってりした甘さが加わる。祭日の夜のいかにも豪華な一人めしである。野菜がないのが難点だが、栄養馬力の点でも味のこだわりの点でもこれ以上のものはない。BMWの重々しいエンジンの音が外で待っている。アウトバーンを時速180キロでイタリアまで単独走する前の充実したひとときとなるだろう。
(011008)



★(左)うどんに卵、そして鶏の唐揚げか。やや軽めの朝食になる。したがってツーリングもせいぜい往復150キロの短コースでいこう。
(右)は、めしに味噌汁、干物、煮物、細昆布納豆とじつにバランスに富んだ内容だ。栄養士でもここまでは考えつくまい。あっぱれ。一泊二日の長距離ツーリングの門出にふさわしい「けさめし」である。
(010731)



★めし、味噌汁、ソーセージ、らっきょうとブルーベリー、ほうれん草、麦茶。
 カロリーを適宜抑えながらも、実にバランスに富んだ「銘飯」=注・めいはん。すばらしい食事のこと(広辞苑には載っていません)。朝からソーセージという非常識なジャブを繰り出しながら、ほうれん草で常識に立ち返る。そしてらっきょうの軽い刺激を楽しませながら、数粒のブルーベリーで癒(いや)しの雰囲気をかもし出す。独身・単身者でなければ思いつかない究極のバランスメニューと言っていい。一般の主婦感覚ではとうていここまでできないだろう。その心は天網恢々、傍若無人。寂しいようでいて華やかな一日の始まりを象徴している。単騎で野を行く野武士の、まさにBMWの精神を宿す朝食である。
(010821)



★めし、味噌汁、シャケ、納豆、野菜ジュース、麦茶。
 このシャケは残念ながら時鮭でないところが気になる。サーモン系のシャケは甘みがあり肉も軟らかい。本来のシャケから逸脱した味である。しかし時鮭は店にないことが多い。やむを得ず軟弱なサーモン系になった。納豆との組み合わせはあまりに常識的と言えるが、その平板な感覚をぶちこわすのが一杯の野菜ジュースである。ありふれた日本食のセットになぐり込みをかける野菜ジュースの意気込みが救いになっている。単調な高速道からはずれて、野麦峠のワインディングに向かう、そんなわくわくした旅を物語る名メニューと言える。
(010821)



★スキヤキ! ナスの辛子漬け添え
 狂牛病の影がヒタヒタと迫る折、すき焼きを楽しむのもこれが最後、の覚悟で上等の牛のもも肉をあつらえた。中鍋で肉150グラムをさっと焼き、醤油と砂糖を入れ、酒をたらし、ネギ、しらたきを入れ煮込む。簡易すき焼きの極意である。炊き立ての飯が湯気を立てる。肉としらたきをまとめて食べる。ネギの風味が最高だ。九州への長距離ツーリング。往復2700キロの大いなる旅を思い出す。すき焼き食ったら往復500キロ程度の柔なツーリングは許されない!。
(010916)



 
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