4,ざざ虫の取り方 ―「ざざ虫踏み」という文化―
本格的な取り方(漁協の鑑札「虫踏み許可証」が必要)は次のとおり。
T 使う道具
「四ツ手網」
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自家製のものがほとんど。これはかなり古くから全国どこでも使われている網である。 |
「かんじき」
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または「がんじき」とも呼ぶ。長靴に付ける鉄製のプロテクター、金靴である。名前は同じだが雪路で使うものとは形も材質も当然違う。当然のこととして市販品などない。よって、ざざ虫踏みのプロたちは「踏みやすいよう」各自工夫して市内の鉄工所に発注してそれぞれの物を作る。 戦前・戦中までは素足にわらじで踏んでいたのが、戦後太い針金(俗に言う8番線)をわらじに巻くようになり、それが進化して現在のかんじきとなったとのことである。 |
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ここでは上下2形態の「かんじき」を紹介する。 |
「選別器」
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ゴミとざざ虫を選別する道具。使う漁師と、まれに使わない漁師がいる。 上に網目の大きさ約1pの金網、下に前記の物よりやや目の小さな金網の二枚の金網を3〜4pの間隔をあけて重ね、その下に川の水が入るようにした箱のこと。もちろん漁師たちのお手製である。 重ねられた金網の上に四ツ手網に入ったゴミと一緒のざざ虫を置いておくと、ざざ虫は自ら金網を通り抜けて下へ下へと落ちて行く。 川底へ川底へ、下へ下へと行こうとする虫の性質を利用した本当に良く考えられた選別器である。こうしてゴミは金網に残り一番下の箱にはざざ虫たちだけがたまる。そうやって漁師がざざ虫踏みをしているうちに虫たちは「自らを勝手に選別してしまう」のだ。(下欄へ続く) |
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この画期的な選別器は西春近赤木の杉本竹司さん(故人)が考案したとのこと。ルーツは杉本さんのおじさ
んがタライに網をかけて選別していたのを見て、金網の選別器を考案したとのことだが、それは戦前のことだった。 と言うことは、金網の選別器を考案したのは杉本さんであろうが、その原理は少なくとも杉本さんのおじさんのの世代には知られていた言えるだろう。 以来、50数年を経てこの選別器はざざ虫踏みの漁師たちに浸透していったということになる。 |
また、網を使った選別器以前にもっと単純な選別方法があった。それは水を張ったたらいに二本の棒を渡し、その上にたらいより一回り小さな板をのせる。そこにゴミと一緒のざざ虫を置く。後は前述の理屈と同じようにざざ虫たちはゴミから這い出してたらいへ落ちてゆく訳である。
「長靴」
今風の言い方をするとウェーダー。要するに脇の下まで全身が入るゴム長靴、胴長のことである。前述の杉本竹司さんによると、まだ充分な長さの無い「短いゴム長靴」をタイヤを貼り合わせ、股のつけ根まで長くして使い始めたのは同氏とのことである。
「その他」
万能鍬 ゴム手袋 腰魚籠(こしびく)を使用する。
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左が完全装備の虫踏みスタイルである。 見えにくいが、左腕に青い布で巻いてあるのが 「虫踏み許可証」。 |
U やり方
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下流に四ツ手網を設置し、その上流から万能鍬で川底の石をいくつか起こし、ひっくり返して四ツ手網の上流へ置く。 |
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四ツ手網を下流に、身体を上流にして両手で四ツ手網を持ちながら、かんじきでガリガリと石の裏を掻く。 |
石の裏に付いていたざざ虫たちは流されて四ツ手網に入り捕獲される。これを何回か繰り返し四ツ手網にざざ虫や藻が溜ったら、網の中の大きなゴミや藻等を拾い出し、捕獲したざざ虫をごみと一緒に腰魚籠に入れる。後は前述した選別器に入れるだけだ。
また、水が濁るとざざ虫漁はできない。なぜなら、水が濁ると四ツ手網が川底にしっかりと着いているか否か確認できなくなり、わずかでも網と川底に隙間ができると、掻いて流れたざざ虫がその隙間から下へ下へと、また、いったんたまったざざ虫もその隙間から下へ下へと逃げてしまうからだ。
護岸工事などで水が濁ると、ざざ虫はまったく取れないとのことである。
V 虫踏みと呼ばれる理由 ―「ざざ虫」という特異な文化―
上記の「かんじきでガリガリとかく」その動作が虫踏みと呼ばれるゆえんである。
かんじきがなく、わらじで踏んでいた時代も「虫踏み」だったとのこと。となれば当然この言葉は最近できた言葉ではなく、遥か遥か昔から伝えられたものと考えて良いだろう。
ざざ虫踏みは伊那路の冬の風物詩である。ここ数年、全国的にも珍しいものとして、テレビ、雑誌等の取材が毎年必ず入る。
ざざ虫踏みが伊那特有の文化である点は「かんじき」「選別器」に、また「虫踏み」という言葉に、更に前述した「川虫の漁業権」に如実に現われている。
「かんじき」の工夫と、特に「選別器」の合理性には驚きを覚えるし、おそらく世界でも極めて珍しいだろう「川虫の漁業権」には舌を巻くほかない。
これこそ「伊那にしかない文化」である。
5,商品としての「ざざ虫」
T ざざ虫の天竜川漁業協同組合での卸値
昭和38年(1963)2月20日付サンケイ新聞の記事によると
「生きたざざ虫は百匁(375グラム)当たり百円ぐらいで加工業者が買い取り、つくだ煮に加工する…」
とある。1s当たりに換算すると270円ぐらいである。
漁協に問い合わせたところ、平成8年(1996)1月9日現在の取引価格は1s当たり5,500円である。
とすれば、昭和38(1963)年から今年平成8年までの33年間ほどで20.4倍に価格が上がっていることになる。
昭和38年(1963)1s当たりの卸し値 270円
平成 8年(1996) 〃 5,500円
ちなみに大卒の初任給を比べてみると次のような数字になる。
昭和38年(1963)大卒男子初任給 15,075円
平成 7年(1995) 〃 事務系 183,100円
〃 〃 技術系 194,500円
平成7年の初任給を事務系、技術系でその平均を採ると188,800円となり、昭和38年当時に比べると12.5倍となる。
ざざ虫の卸値と大卒初任給を単純に比べることはできないとしても、ざざ虫の方が値上がり率が高い。
(但し、昭和38年(1963)大卒男子初任給は記録が残っ ておらず、この数字は昭和37年に出した予想金額。資料
は南信労政事務所による長野県の平均賃金である)
当然のことだがざざ虫も他の漁撈と同様に豊漁になれば取引値は下がる。事実、平成五年度には総水揚量3,000sと豊漁だったため値崩れを起こし、取引価格は初め1s当たり5,000円だったものが3月初めには3,000円になったという。
U 卸されるざざ虫
現在、天竜川漁協が食品加工業者にざざ虫を卸す場合、ざざ虫のうちのマゴタ(孫太郎虫、ヘビトンボの幼虫)は選別し除いて卸すので、缶詰等に加工されたざざ虫には基本的にマゴタは入っていない。
その理由は、青虫、ザザムシに比べてマゴタが一回りも二回りも大きいので消費者に敬遠されるからだとのこと。確かに佃煮となった青虫、ザザムシは3p程度だが、マゴタは5〜6pにもなる。
しかもシルエットは完全に「ゲジゲジ」に近い。敬遠されるのも無理からぬことかもしれない。
だが、ざざ虫自体「芋虫」であり、それ自体すでに敬遠される宿命を持っているはずである。上記の理由のみでは「なぜマゴタだけ選別されるのか」の回答にはなっていないような気がする。青虫とザザムシが消費者に敬遠されないのならば「なぜマゴタだけ?」と思ってしまう。缶詰にもぜひマゴタを入れて欲しいものだ。
そして、選別されたマゴタがどこへ行ってしまうのかも疑問である。マゴタ自身漢方薬としての商品価値があるのだから…。
また、マゴタは硬くなるので敬遠されるともいう。しかし地元で自家用として食べている人に言わせると「マゴタはあのカリカリコリコリがたまらない」とのことである。そして私も「あのカリカリコリコリ」にはまったく同感である。
ざざ虫の水揚量は表1のとおりだが、前述のようにざざ虫も豊漁過ぎると値崩れをおこす。漁協の春日氏によるとざざ虫の需要はシーズン中に2,000s〜2,500sあれば満たされてしまい、それ以上捕れても需要がないとのことである。
最大の仕入業者は市内坂下区入舟に本店を構える「かねまん(рV2―2224)」で、平成六年には1,200sを漁協から仕入れている。
「かねまん」の主人、池上篤一氏(故人)によると
「かねまんでは12月15〜16日以降に水揚げされたざざ虫でないと仕入れない。それ以前(12月1〜14日ごろ)のものは水がぬるいので虫がうまくない。天竜川の水が冷たくならないとざざ虫はうまくない」
とのことである。
また同氏によると
「小沢川、三峰川、小黒川など支流の虫は大味でうまくない。また、天竜川が不漁のときに千曲川、犀川、木曽川、裾花
川などでざざ虫を取ったがうまくなかった」
とのことで、
「天竜川のざざ虫が一番」
だそうだ。
V 佃煮の値段
「かねまん」によるとざざ虫を土産物として売り始めたのは昭和28〜29年(1953〜1954)頃である。
しかし、ざざ虫が伊那の商店街ではじめて売られ始めたのは戦前のことらしい。これについては本論の最終部「記述として残る昆虫食」にて考察する。
また、「かねまん」によると蜂の子のは大正3年(1914)に販売を始め大正12年(1923)頃には缶詰として販売を始めたとのことである。
昭和28〜29年当時は百匁(375g)を50〜70円で売っていたそうだが、現在「かねまん」で販売されているざざ虫の佃煮は次のような値段である。
計り売り 100g=2,500円
缶詰 30g=1,400円
〃 60g=2,500円
(平成8年1月現在)
市内の飲み屋などでは小鉢にちょこっと、15〜20匹程度出して500円ほどである。なるほど、高級珍味と言われるわけである。
しかし、前述の漁法と次に記す調理法の労力を考えれば高級珍味となってもうなづけるわけである。
6,ざざ虫の調理法と味覚
砂糖としょう油で長時間煮ると、元の大きさより一回り小さくなった状態で、ころころ艶々した佃煮が出来上がる。
味は甘じょっぱくほろ苦い。初めて食べた人は見た目に比べてその味を「おいしい」と言う人がほとんどである。酒の肴には最適である。
天竜川に近い家庭の一部では、ごく普通に食卓をにぎわす一品である。そう言った毎年ざざ虫の佃煮を作っている、ある家庭の「ざざ虫の佃煮」の調理法は次のとおりである。
伊那市東春近渡場区東組 下平利子さんよりご提供いただいた調理法。
平成8年1月調査
・下準備
@水道水で洗い、大きなゴミ、小石等を洗い流す。
A一度煮立つまで水から茹で上げる。背を丸くしていたざざ虫がまっすぐに伸びれば良い。このとき、虫を煮る独独特な臭いがする。形容しがたいそれはそれはすごい臭いだとのこと。
B樽に水を張りざざ虫を入れ、米を研ぐようにもみ洗いをする。当然、手加減、力加減をするが、中にはつぶれてしまう虫もある。これを四〜五回水をかえて繰り返す。
この下準備はゴミ等を取り除き、ざざ虫を洗ってきれいにする訳だが、この過程が一番手間と時間がかかる。
・材料(調味料) ざざ虫1sにつき
醤油 七〜八勺(126〜144t)
砂糖 90〜100g
酒と味醂を等分に合わせたもの八勺〜一合(144〜180t)
・煮方
@鍋にざざ虫と調味料を入れ、始めは強火で煮る。
Aすると虫から汁が出てぐつぐつと煮立つようになる。
B汁が少なくなるにつれ火加減をし、焦げつかないように気を付ける。
Cやがて汁がなくなり、カラカラコロコロとしたら出来上がり。
完成品は1sのざざ虫が500g弱(どんぶり一杯程度)なる。この調理法は下平さんの作り方であり、これよりもっとしっとりした作り方もある。
例えば「かねまん」の佃煮はコロコロとしているが、カラカラとはしていない。
大体ざざ虫は、昔からの伝統食であるから作り方には一定の共通項はあっても、それぞれの家庭で独自の作り方がありまったく同じ作り方をしているとは思えない。
ちなみに下平さんの家庭では、ご主人の長治さんが虫踏みを行い、毎年15〜16sは煮つけ、冷蔵庫に保管してほとんど一年中食べているとのことである。
そのほか2ケースの調理法(天竜川漁協調べ)も記しておく。
・市内西春近 坂井千載(ちとし)氏の調理法。
平成3年12月27日調査
@鍋にたっぷりの湯を沸かし、その中にざざ虫を入れる。
A赤く色が変わり湯の上部に浮かび上がってきたら、目の粗い「網杓子」ですくい上げ、すぐに二回ほど水洗いする。タライに水道水を流し、浮いてきた虫をすくうときれいになる。
以上で選別終わり。
B適量の醤油とざざ虫で鍋を火をかける。
C砂糖と少々の調味料(グルタミン酸ナトリウム)を入れて煮る。
D砂糖を少しづついれ調理し、仕上げ前に日本酒を少量入れ火を止める。
E仕上りは、ざざ虫一sに対し、佃煮が約800gとなる
・市内中央区第一 中村和美氏の調理法。
平成8年1月9日調査
@虫1sに対し、醤油200t。
上白砂糖200〜250g。三温糖のときは少し量を減らす。
味醂少々(つやが出る)。味醂の代わりに日本酒でも良いのだが、日本酒の方が製品の日持ちがしない。
ただし、古いざざ虫を再度煮付けるときには日本酒の方が良く仕上がる。
A醤油と砂糖を煮立たせたところへざざ虫を全て入れ、味を仕上げる。
B製品の仕上がりは、虫1sに対し、佃煮が約650gとなる。
上記二つの漁協の記録からは、坂井千載(ちとし)氏の調理法の場合は調味料の量が、中村和美氏の調理法は下準備の様子がわからない。しかし、これらの調理法からも各家庭の違いが見てとれる。
加えて、下平さんも含めそれぞれの佃煮の完成品が、
下平さん 虫1sに対し、佃煮、約500g弱
坂井さん 〃 〃 約800g
中村さん 〃 〃 約650g
となり、やはりこれらの数字からもざざ虫にはそれぞれの家庭の味があるということがわかる。
また、中村和美氏の「古いざざ虫を再度煮付けるときには日本酒の方が良く仕上がる」というあたりに、冷蔵庫などなかった頃のざざ虫の食べ方がうかがわれる。
現在のざざ虫は砂糖を使っていかにも佃煮にする訳だが、日本の食事で砂糖を使い始めたのは明治時代の後期以降である。しかも全家庭に一般的に普及するのはもっと後である。
いつからざざ虫を食べてきたのかは「次項7,どうしてざざ虫を食べるのか」にゆずるとして、砂糖で佃煮にするより前のざざ虫は醤油味のみのしょっぱい物だったことが推察できる。
そして、醤油自体も普及したのは江戸時代初期〜中期である。
昔のざざ虫はどんな味だったのだろう。想像するに、やはり虫という動物性の栄養源が貴重であった時代は、それを長期保存する必要性があったのではないだろうか。
とすれば醤油味にせよ塩味にせよ、ざざ虫は塩分をきつくする調理法がとられていたのではないだろうか。
もっとも、冬の間に食するざざ虫は塩を甘めにしたり、長期保存のものは塩をきつめにしたりと、当然の工夫がされていただろうことは容易に想像ができるところである。