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世界でただ一つの文化
伊那の冬の風物詩 ざざ虫
その一
はじめに
毎年12月になるとマスコミ各社から「ざざ虫」に対する取材、問い合わせが頻繁にある。そして、テレビの全国放送に毎年少なくとも一回はざざ虫に関するスポットが放送される。
私が伊那市役所商工観光課に勤務した五年間(平成4年度〜平成8年度)にいったい何件の取材応対をしたのか忘れてしまったが、これほどに注目されるざざ虫に対してその当時まとまった資料、本等が実はないのが現状だった。
ざざ虫に関する資料が「まったくない」と言い切ると言い過ぎなのだが
「ざざ虫のことについて知りたいので何か文献を紹介してください。どうして伊那にしかないとか、そう いったことの書いてある本なんかは…」
などと言われると
「いや、実は生物学的に分析したレポートは二、三ありますが、本としてまとまったものはないんです」
と答えるしかないのが現状だったのである。
資料はあった方がマスコミに限らず多方面からの問い合わせに対し、対応はしやすい。そこで最初はざざ虫の資料を簡単にまとめておこうと考えたのだ。
はじめは商工観光課に伝えられてきた新聞の切り抜き記事(6点)を適当にまとめておけば良いかと思った。しかし、やり始めたらこれがたまらなくおもしろい。
そして調べれば調べるほど、ざざ虫に関する資料はほとんど断片的な物しかなく、これは実にやりがいのある作業だということに気がついたのである。
ざざ虫について総合的な資料をまとめるのは、けっして大げさな言い方でなく、まったくはじめてのことだったのだ。
そして、それなりの形としてざざ虫について初めて発表したのが「伊那路第四一巻第一号一九九七年一月」「同誌第四二号同年二月」「同誌第四四号同年4月」「同誌四五号同年5月」の四回連載だった。
以来、知る人ぞ知り、知らない人はまったく知らないざざ虫の権威者が曲がりなりにも誕生したのである。(実際、ざざ虫の調査について全国から、遠くから私に問い合わせがあることに驚いている)
私はざざ虫を世界でも貴重な文化だと位置づけている。しかし、伊那にあって「ざざ虫の研究をしている」「ざざ虫は世界でも珍しい文化なんだよ」と語っても大多数の人は私の話に鼻で笑って応える。
残念ながらざざ虫のふるさとである伊那であってさえざざ虫は不当な評価と扱いを受けていると私は思う。
しかし、昆虫食、つまり虫を食べることは、常に偏見との闘いであることはすべての昆虫食研究者の認める動かざる大きな現実である。
私はそういった昆虫食に対する偏見、言いかえればごく普通な一般常識に闘いを挑むつもりはない。
ただ、自らの足元にある文化を卑下するようなことはしたくない。そして、もし、知らずにそれをしている人がいればそれをそっと教えたいのである。
そういった意味も含めて「伊那路」に発表したものに補足と訂正を加えてここに記したい。
1,「ざざ虫」とは
ザアザア、ザザ、ザザ、と流れる川の瀬に棲みついている虫の総称だが、瀬に棲んでいる虫すべてが「ざざ虫」ではない。食用にする虫のみを「ざざ虫」という。
「ざざ虫」「ざゞ虫」「ザザムシ」または「ざざむし」と表記する訳だが、「まほら
いな いいとこ百選」を選定した伊那市いいとこ百選選定委員会(平成4年度実施
平成5年2月19日(1993)に選定結果を市長へ提出)において
「ザザムシよりはざざ虫の方が柔らかなイメージがある」
「虫の字には抵抗もあるかもしれないが、極めて個性的な食文化であるからあえて虫の字は残そう」
「ざゞ虫という表記は今の時代にはなじまない」
ということから
「ざざ虫」
と表記することに決定された。よってここでも「ざざ虫」と表記したい。
(「まほら いな いいとこ百選」とは長野県伊那市が市制施行40周年を記念して設定したふるさと再発見の企画。自然、伝統・文化、寺社、食べ物等身近ないいとこを再認識しようと冊子にまとめ、該当地に看板等を立てた。当然、ざざ虫も選定されている。「まほら」とは万葉言葉で「良い所、優れた国」という意味。ちなみに私は冊子を作り、看板を立てた「まほら」の最初の担当者)
2,「ざざ虫」の昆虫としての素性と特色
ざざ虫とは、主に「トビケラの仲間」「カワゲラの仲間」「ヘビトンボの仲間」の幼虫を言う。
それらは全国的に分布している川虫であり、幼虫期は水中に棲んでいる。流れのゆるい浅瀬の石をひっくりかえすと彼らはそこにへばり付いて暮らしている。ウグイ(伊那ではアカウオと呼ぶ)、ヤマメ、オイカワ等川魚の餌で、それぞれきれいな水に棲む生物である。
昆虫図鑑からその素性をさぐってみると以下のようになる
T トビケラの仲間 ―図鑑へ―
学門的には毛翅目(もうしもく、またはトビケラ目、Trichoptera)と言う。
天竜川で「ざざ虫」として捕らえられるものはチャバネヒゲナガカワトビケラ、ヒゲナガカワトビケラがほとんどである。 「写真」
成虫は頭から羽根の先まで3〜4p、体長2〜3pの弱々しい感じの蛾に似た昆虫で、羽根は薄い茶色と灰色の迷彩色といった色合いで蛾よりも細く屋根型にたたむ。蛾に比べて蚊取線香に弱く、すぐ落ちて畳の上をバタバタとする天竜川沿いの家庭では夏の夜にはおなじみの昆虫である。
幼虫は芋虫のようで頭部と前胸背面は硬い(キチン化という)が、その他はぷよぷよとして柔らかい。
石の裏側に貼り付くため身体の前胸部に三対の足があるが、動きを観察してみると三対の足は歩くためにはほとんど使っていない。石にしがみつくだけに使用しているようである。
動きはゆっくりで、全身を伸び縮みさせながら動く。やはり一言で言ってしまえば「芋虫」である。
幼虫は口から出す糸で流れに網を張り、流下藻類(石の表面に付く珪藻等の藻、いわゆる水苔が死んで流れ出たもの)を捕らえて食べている。そのためか体色は水苔に似た茶色がかった緑色である。
幼虫は捕らえて缶などに入れておくと緑色の汁を吐くので「青虫」と呼ばれている。また、つぶれると白みがかった青い体液が出るのでこう呼ばれるとも言う。
7月ごろ成虫は川の石に産卵し、幼虫は二年間川の中で過ごす。二回目の冬に体長は3〜4pぐらいになり(これを捕らえる)3〜4月に小石、砂粒等を使って筒状の巣を作って「さなぎ」となる。6月ごろ水中から出て羽化し、成虫になる。
トビケラの仲間は世界で約一万種、日本では300種以上いるとのこと。
U カワゲラの仲間 ―図鑑へ―
学門的にはせき翅目(せきしもく、またはカワゲラ目、Plecoptera 「せき」は衣服のヒダの意味)と言う。この仲間は現存する羽根を持つ昆虫の中でも、原始的な特徴を持つ一群であり、祖先と思われるものの化石が出ているとのこと。
成虫は頭から羽根の先まで3〜4p、体長2pくらいのコオロギに柔らかなトンボの羽根が付いているような昆虫である。中には体長5p以上の大型種もいる。羽根はコオロギのように体の上に体軸に添ってたたむが、羽根のない種類もある。
成虫は立派な羽根があっても飛ぶことは苦手で少し飛んでは木の葉の上などにとまって休む、何とも弱々しい昆虫である。
幼虫はコオロギのようであるが、三対の足の大きさは同じで腹部が長く、二本の長い尻尾がある。カゲロウの幼虫と似ているが、カゲロウの幼虫の爪は一本なのに対し、カワゲラは二本なので区別がつく。
また、トビゲラの幼虫に比べてその動きは速く、チョロチョロと動き回るので、釣人仲間では「チョロ」などと呼ばれている。幼虫は主に水中の植物を食べるが、カゲロウやユスリカの幼虫を捕食するものも少なくない。
夏、水中に蒔くように産卵し、小型のもので一年間、大型種は二〜三年水中で幼虫として過ごし春から夏にかけて羽化する。やはりトビケラと同様、陸へ上がる直前の最も成長した幼虫をざざ虫として捕らえる。
現在、世界で約1,500種、日本では150種あまりの記録がある。
元来ザザムシと呼ばれている虫は、実はこのカワゲラの幼虫のことである。しかし、天竜川では今ほとんど見かけることはない。
V ヘビトンボの仲間 ―図鑑へ―
学門的には脈翅目(みゃくしもく、またはアミメカゲロウ目、Neuroptera)に属し、ヘビトンボ亜目(Megaloptera)のヘビトンボ科に分類される。 「写真」
成虫はカワゲラに似ているが、カワゲラのような尻尾はない。幼虫はトビケラと同様に芋虫のようだが体長は約6〜7pと大きく、腹部に横にのびる突起がある。
その突起のため芋虫と言うよりは「ゲジゲジ」のようなシルエットとなる。
更に腹部は毛虫のように伸縮するので見た目はまったくもってでかいゲジゲジである。突起はあくまで突起であるが伸縮のため足のようにも見えてしまうのだ。この突起は実は水中で呼吸するためのエラである。
幼虫の色は「赤みがかった土色」と言った感じで、頭の前面にある大きなあごで獲物を補食する。 獲物とはトンボ、カワゲラ、カゲロウの仲間の幼虫であるが、捕らえた青虫と一緒にしておくとその大きなあごで青虫を襲う。そのあごに指をはさまれるとひどく痛い。
夏、水上の枝、岩などに集団状に産卵し、幼虫は二〜三年水中で過ごす。成長した幼虫は陸上に上がりさなぎとなって初夏に羽化する。トビケラ、カワゲラ同様、陸に上がる直前の冬に最も老熟した幼虫をざざ虫として捕らえる。
古来より幼虫は「孫太郎虫」と呼ばれ、漢方薬での小児の疳(カン)の薬として、また強精剤として販売されている。5匹づつ竹串に刺した姿で売られるのが通例で、宮城県斉川村(現在は白石市)の物が古くから有名である。
この薬としての服用は小児の疳の薬としては一串づつ砂糖醤油につけて焼いて食べたり、強壮剤としては黒焼きを粉末にして飲んだりする。成分的にはカルシウム、カリウムが豊富である。
伊那では普通略されて「マゴタ」と呼ばれることが多い。
ヘビトンボは成虫となって四〜五日間しか生きられないので見かけるのは本当にまれである。
私は運よく平成九年の初夏伊那市東春近土蔵の大沢川上流でヘビトンボを見たことがある。マゴタは何度も見たことがあったが成虫は初めてであった。
青虫を大きなあごで捕らえて喰らうマゴタの獰猛さに比べて、ベビトンボとはなんて弱々しい虫なのだろう。と言うのが正直な感想だった。
現在、ヘビトンボの仲間は世界では約100種、日本国内では九州以北に三種奄美諸島以南に数種確認されている。
W ざざ虫の分類
さらに商工観光課に残るいくつかの新聞記事から「ざざ虫」についてさぐってみると。
・昭和38年(1963)月20日付サンケイ新聞の記事
(抜粋)
「ざざ虫は、ざあざあと流れる川の浅瀬の石の下などにひ そんでいる。トビケラとかマゴタロウムシなどぶかっこ
うな川虫の総称だが、本来は体長3センチぐらいのかわ ゲラの幼虫のことである。からだはやわらかくひらたい
…」
・昭和38年(1963)2月5日付読売新聞の記事
(抜粋)
「ザザムシは川でとれる十一種類の虫の総称…」
・昭和43年(1968)2月29日付信濃毎日新聞の記事
(抜粋)
「小松典松本深志高校教諭が四十二年に調べたところだと 天竜水系の“ザザムシ”は、いわゆる“青虫”トビケラ
(ヒゲナガトビケラ、シマトビケラ)が一番多く、マゴ タロウ(ヘビトンボの幼虫)、ヒラタドロムシ、ナベブ
タムシ、“ザザムシ”と呼ばれるカワゲラなど七種が含 まれているという…」
・昭和62年(1987)5月12日付信濃毎日新聞の記事
(抜粋) ↓
「ザアザアと瀬音がする浅瀬にすむトビケラやカワゲラ等 の幼虫の総称で…(中略)…『三十年ほど前、ザザムシ
が大量に捕れたころは、八割方がゲジゲジみたいなカワ ゲラの幼虫でした。それが水質の変化からか、今は九割
がトビケラの幼虫(青虫)。もっとも、この方がおいし いんですが、ザザムシもずいぶん変わりましたよ』。こ
う説明するのは、伊那市内で珍味などを売るしにせを営 なんでいる池上篤一さん…」
さて、以上の記事から次の事柄がわかる。
@厳密に言うとザザムシとは本来カワゲラのことをいい、トビケラは青虫であり、ヘビトンボの幼虫はマゴタロウムシである。つまり、
ザザムシ→→→→カワゲラの幼虫
青虫→→→→→→トビケラの幼虫
マゴタロウムシ→→ヘビトンボの幼虫
まとめて「ざざ虫」である。
(これから「カワゲラの幼虫のことをザザムシ」「総称を ざざ虫」と表記したい)
A現在はカワゲラの幼虫、トビケラの幼虫、ヘビトンボの幼 虫のみを一般的に「ざざ虫」としているが、それは商品と
しての一つの基準(次項、3,水揚量を参照)であり、現 在も自家用としてざざ虫を食べている家庭の中には、ヤゴ
(トンボの幼虫)、カゲロウの幼虫等も一緒に佃煮にして いるケースがある。過去の新聞記事のとおり、小さな虫も
含めて7〜10種の虫をざざ虫と言う場合もある。
B昭和62年(1987)の信濃毎日新聞には現在も言われて いる「本来のザザムシが減って青虫が増えた」という記述があるが、昭和38年(1963)のサンケイ新聞、読売新聞、昭和43年(1968)の信濃毎日新聞には虫の種類の 紹介があるのみで、昭和62年(1987)の
『三十年ほど前、ザザムシが大量 に捕れたころは…』
の内容に合致する。つまり、これらの記事によればザザムシ(カワゲラの幼虫)が主に捕れたのは昭和40年ごろまでのようだ。
しかし、後述するが鳥居酉蔵氏の調査(昭和32年=1957)と、このザザムシが多く獲れたという「昔」とは合致しない。ザザムシが多く獲れた「昔」については後述の「V,水揚量とその内容」の後半にて考察したい。
ざざ虫たちの姿は図鑑で見ることができるが、その図鑑の欠点を一つ挙げておきたい。
ざざ虫たちの成虫の図、または写真は、学問的に解析するために必要なのだろうが、羽根を最大限に広げた格好で出ている。しかし、生きているざざ虫たちの成虫は、トビケラは屋根型に、カワゲラは平らに、羽根をたたんでいる。そしてヘビトンボは緑色の柔らかい羽根をいつもゆっくりと動かしている。
つまり、図鑑では生きている姿とは違う形で「陳列」されているので、本来の姿がわかりにくいのである。
図鑑に頼らず、本物を捕獲して写真またはビデオにでも撮おく必要があるのではないかと思う。しかし、トビケラはともかくカワゲラ、ヘビトンボは本当に見かけることが少なくなっているようだ。
今後、このページでの生きているざざ虫たちの姿の掲載を目指したい。が、カワゲラとヘビトンボはかなり難しいだろう。
3,漁期、漁の資格、及び水揚量について
T 漁期
漁期は12月1日から翌年の2月末日まで。
前段の「昆虫としての素性」に記したとおり「ざざ虫」たちは、さなぎになる直前が一番大きくなる。それがちょうど12月〜2月に当たる。2月も後半になると巣の糸が硬くなり捕りにくくなる。
また、冬はざざ虫たちが餌を食べないので青臭くなく脂が一番乗っていると言った理由もある。
水温が高いとざざ虫は藻類を補食し、そのため胃に藻類が残って青臭い。よって水温の低い冬に漁を行うのである。
12月になり漁が解禁となっても水温が高いうちは業者はざざ虫の買い付けをしない。
U 漁の資格
道具を使って大量に捕獲するざざ虫漁(後述するが「ざざ虫踏み」という)は天竜川漁業協同組合(`72-2445)より許可(鑑札)を受けた者のみができる。
その許可証は、ざざ虫取りの漁法から「虫踏許可証(むしふみきょかしょう)」と呼ばれる。
「虫踏許可証」は誰にでも交付される訳ではなく、天竜川漁業協同組合の組合員でないと交付されない。そして交付の際は15,000円が必要となる。組合員になるためには一定の組合規定がある。
漁協の古い記録によると昭和28年の会計帳簿に、虫踏許可証の入金の記録がある。当時の金額は300円。
現在の天竜川漁業協同組合という組織ができたのは昭和24年であるが、漁協によるとおそらくその当時から虫踏許可証は存在しただろう、とのことである。
しかし、すべてのざざ虫取りに鑑札が必要な訳ではなく川底の石をひっくりかえして手でつまんで取る場合には必要がない。鑑札はあくまでも道具を使用した本格的な漁のみに必要なのである。
また、つまんで捕る場合には指よりも箸、またはピンセットの方が捕りやすい。ざざ虫たちはぷよぷよして柔らかいので、指だとつまみにくいのである。
V,水揚量とその内容
表のざざ虫の水揚量は天竜川漁業協同組合の統計である。また、伊那市の決算報告書より災害の復旧個所数を、統計より年間総降水量を挙げてみた。
ただし、復旧災害個所数は過年度復旧(前年度の災害を年度を越して復旧すること。予算措置が大きな災害に多い)も含むが、それは平成6年度(1994)に一件、昭和61年度(1986)に三件のみである。
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この表から次の事柄がわかる。
@平成元、3年度のように極端に水揚量が少ない年度は災害個所数が多い。また逆に平成2、4、5、6年度は災害は少なく水揚量も数値の安定が見られる。
昔より集中豪雨、台風などで天竜川が荒れる年はざざ虫たちも流されてしまって水揚量が少ないと言われるが、それ
がこれによって証明できる。
(平成5年度は総降水量と災害数、水揚量が正比例しない しかし、この年は全国的に長雨の続く年だったが、天竜
川は大きく荒れなかった)
A平成元年度、3年度は許可証交付者数が少ない。これは天 竜川が荒れた年は、水揚量は少ないと漁師が読み、15,000円の虫踏許可証を買う人が少ないからである。
また、この表の水揚量は漁協にて水洗い後に計測しているので、青虫、マゴタ、ザザムシの他の、ヤゴ、ドロムシ、ミズムシ、カゲロウ等は流されてしまい、それらが含まれることはない。ただし、自家製の佃煮を作る家庭では右記の虫等も含んで佃煮とすることもあるのは前述の通りである。
春日英男氏(天竜川漁業協同組合参事)による、ざざ虫水揚量の内訳は次のとおりである。
トビケラの仲間(青虫) 95%
ヘビトンボの仲間(孫太郎虫) 3%
カワゲラの仲間(ザザムシ) 2%
これは正確な統計ではなく春日氏のいわゆる勘であるが、平成元年からの経験による数字であるので、かなり信用できる数字だと思われる。
後述するが、このうちの「孫太郎虫」は、現在、食品加工業者に卸す際には除かれているとのこと。
詳しいざざ虫の内訳については、古くから以下の報告がある。
『伊那天竜特産ザザムシの記、鳥居酉蔵(1957)』
『天竜川における水生昆虫の構成、長野県水産試験場諏訪支場(昭和60年3月11日)』
『天竜川のザザムシについて、長野県水産試験場(昭和63年2月17日)』
『長野県伊那地方特産「ザザムシ」とその生物組織、中井一郎(大阪教育大学附属高等学校池田校舎「研究紀要」
第二〇集 抜刷 昭和63年3月25日)』
これらの報告は学術的な昆虫名で詳細に分類してある。つまり、同種でも種名が違えば別々に分類しているのだ。
表にすると次のようになる。
ざざ虫の生物組成表
@ 鳥居酉蔵(1957)
| 科 | 種 名 | 実 数 | % | 俗称による分類 |
| ヒゲナガカワトビケラ科 | ヒゲナガカワトビケラ幼虫 | 1,030 | 72.85 | 青 虫 |
| シマトビケラ科 | シマトビケラ | 201 | 14.22 | 〃 |
| ヒゲナガカワトビケラ科 | チャバネヒゲナガカワトビケラ幼虫 | 83 | 5.85 | 〃 |
| ニグリトビケラ科 | カワニグリトビケラ一種幼虫 | 2 | 0.14 | 〃 |
| ナガレトビケラ科 | ナガレカワトビケラ一種幼虫 | 1 | 0.07 | 〃 (93,14%) |
| ヘビトンボ科 | ヘビトンボ幼虫 | 81 | 5.73 | マゴタ(5.73%) |
| カワゲラ科 | カワゲラ一種幼虫 | 3 | 0.21 | ザザムシ(0.21%) |
| ドロムシ科 | ヒラタドロムシ一種幼虫 | 3 | 0.21 | その他の虫等 |
| ナベブタムシ科 | ナベブタムシ | 4 | 0.28 | 〃 |
| ミズムシ科 | ミズムシ | 4 | 0.28 | 〃 |
| ヒル科 | シナノヒル(?) | 2 | 0.14 | 〃 (0.92%) |
| 合 計 | 11 種 | 1,414 | 100.00 | ― |
個体100匁中の生物組成
A 長野県水産試験場諏訪支場(1985年3月11日)
| 目 | 種 名 | 個 体 数 | 構成 % | 重量g | 構成 % | 俗称による分類 | |
| 毛翅目 | ヒゲナガカワトビケラ | 34 | 0.8 | 12.00 | 8.1 | 青 虫 | |
| 〃 | ウルマーシマトビケラ | 1,789 | 44.6 | 65.28 | 44.2 | 〃 | |
| 〃 | コガタシマトビケラ | 484 | 12.1 | 5.15 | 3.5 | 〃(個体数57.6%) | |
| 〃 | ナガレトビケラ一種 | 3 | 0.1 | 0.04 | ― | 〃(重 量55.8%) | |
| 脈翅目 | ヘビトンボ | 39 | 0.9 | 14.81 | 10.0 | マゴタ(数0.9%重10.0%) | |
| せき翅目 | オオヤマカワゲラ | 3 | 0.1 | 0.39 | 0.3 | ザザムシ(数0.1%重0.3%) | |
| カゲロウ目 | カゲロウ | 33 | 0.8 | 0.86 | 0.6 | その他の虫等 | |
| 双翅目 | ウスバガガンボ | 176 | 4.4 | 0.99 | 0.7 | 〃 | |
| 〃 | その他 | 9 | 0.2 | 0.30 | 0.2 | 〃 | |
| その他 | ミズムシ | 1,047 | 26.1 | 16.56 | 11.2 | 〃 | |
| 〃 | シマイシビル | 335 | 8.4 | 26.66 | 18.0 | 〃 | |
| 〃 | ヒラタドロムシ | 3 | 0.1 | 0.06 | ― | 〃(個体数41.4%) | |
| 〃 | その他 | 59 | 1.5 | 4.71 | 3.2 | 〃(重 量33.9%) | |
| 合 計 | ― | 4,011 | 100.0 | 147.80 | 100.0 | ― |
| 目 | 種 名 | 個体数 | 構成 % | 重量 g | 構成 % | 俗称による分類 | |
| 毛翅目 | ヒゲナガカワトビケラ | 391 | 79.96 | 163.97 | 89.99 | 青 虫 | |
| 〃 | ウルマーシマトビケラ | 51 | 10.43 | 1.84 | 1.01 | 〃 | |
| 〃 | コガタシマトビケラ | 3 | 0.61 | 0.04 | 0.02 | 〃(個体数91.8%) | |
| 〃 | オオシマトビケラ | 4 | 0.82 | 0.08 | 0.04 | 〃(重 量91.1%) | |
| 脈翅目 | ヘビトンボ | 20 | 4.09 | 13.72 | 7.53 | マゴタ(数4.1%重7.5%) | |
| せき翅目 | ムラカミカワゲラ | 4 | 0.82 | 0.31 | 0.17 | ザザムシ(個体数1.0%) | |
| 〃 | オオヤマカワゲラ | 1 | 0.20 | 0.24 | 0.13 | 〃 (重 量0.3%) | |
| カゲロウ目 | カゲロウ | 1 | 0.20 | 0.08 | 0.04 | その他の虫等 | |
| 蜻蛉目 | ダビドサナエ | 3 | 0.61 | 0.38 | 0.21 | 〃 | |
| その他 | ミズムシ | 5 | 1.02 | 0.10 | 0.06 | 〃 | |
| 〃 | シマイシビル | 4 | 0.82 | 1.01 | 0.55 | 〃(個体数3.1%) | |
| 〃 | カワヨシノボリ | 2 | 0.42 | 0.45 | 0.25 | 〃(重 量1.1%) | |
| 合 計 | ― | 489 | 100.00 | 182.22 | 100.00 | ― |
| 目 | 種名 | 個体数 | 構成 % | 重量 g | 構成 % | 俗称による分類 | |
| 毛翅目 | ヒゲナガカワトビケラ | 458 | 62.31 | 82.66 | 86.40 | 青 虫 | |
| 〃 | ウルマーシマトビケラ | 243 | 33.06 | 8.04 | 8.40 | 〃 | |
| 〃 | コガタシマトビケラ | 7 | 0.95 | 0.08 | 0.08 | 〃(個体数96.5%) | |
| 〃 | ナガレトビケラの一種 | 1 | 0.14 | 0.02 | 0.02 | 〃(重 量94.9%) | |
| 脈翅目 | ヘビトンボ | 19 | 2.59 | 4.72 | 4.94 | マゴタ(数2.6%重4.9%) | |
| せき翅目 | ― | 0 | 0 | 0 | 0 | ザザムシ(数0%重0%) | |
| カゲロウ目 | ― | 0 | 0 | 0 | 0 | その他の虫等 | |
| 蜻蛉目 | ― | 0 | 0 | 0 | 0 | 〃 | |
| その他 | ミズムシの一種 | 3 | 0.41 | 0.03 | 0.03 | 〃(個体数0.9%) | |
| 〃 | ニホンヨコエビ | 4 | 0.54 | 0.12 | 0.13 | 〃(重 量0.2%) | |
| 合 計 | ― | 735 | 100.00 | 95.67 | 100.00 | ― |
こういった詳細な分類は、やはり水産試験場や生物の先生に任せるとして、わかりやすく単純にここでは次のように分類する。
・青虫の仲間(トビケラの仲間、毛翅目)
―トビケラの仲間の図鑑へ―
・マゴタの仲間(ヘビトンボ、脈翅目)
―ヘビトンボの仲間の図鑑へ―
・ザザムシの仲間(カワゲラの仲間、せき翅目)
―カワゲラの仲間の図鑑へ―
・その他の水生昆虫
この分類で考えれば、天竜川漁協の春日氏のカンはなかなか近いものがあることが判る。
さて、ここで注目したいのは、鳥居酉蔵氏の昭和32年の調査も、長野県水産試験場諏訪支場の昭和60年の調査も、そして中井一郎氏の昭和63年の調査も、ざざ虫を構成する「主役」は青虫の仲間だということである。
水産試験場場諏訪支場の結果のみ「その他の水生昆虫」の割合が多いが、青虫、マゴタ,ザザムシの順位が入れ替わるわけではない。
多くの漁師たちは昔はザザムシの方が多く獲れたと言っている。そして前述の新聞記事から読み取れるザザムシの多く獲れた「昔」とは昭和40年頃までのようだ。しかし、鳥居氏の調査の昭和32年にはすでに青虫が最も多く獲られている。ザザムシの多く獲れた「昔」とはいつなのだろうか。
鳥居氏の記述にこうある
「初冬にとれる天竜産ザザムシの主体はトビケラの幼虫であることがわかった。(中略)元々ザザムシはカワゲラ類を主体としたもので、大部古くから伊那地方では古く一般に賞味されていたらしく、佃煮として市販されるようになったのは支那事変頃からとのことである。業者の話では戦中から戦後にかけて天竜川上流に会社工場が著しく発展し、そこから出す排水の影響で本来のザザムシがほとんど姿を消してしまい、いまのアオムシが主成分に代ったのだとのことである」
これによればザザムシの多く獲れた頃とは戦前のことになる。しかもザザムシが減った理由が、今多くの漁師の言う理由と変わらない。戦後川が汚れはじめてからザザムシが減ったと言えるのかもしれない。
W 漁場
漁場は上伊那地方の天竜川がそのほとんどである。
私は平成8年2月に行った調査により、長野県上伊那地方の天竜川でしかざざ虫漁は行われないと思っていたが、下伊那郡の天竜川流域と県内の犀川流域には一部漁を行っているところがあるようだ。
よって「そのほとんどが…」ということになるのだが、これについては後述する「7,どうしてざざ虫を食べるのか」にてくわしく考察したい。
さて、上伊那地方とは、天竜川漁業組合の管轄内とほぼイコールである。
ちなみに天竜川漁業組合の管轄を天竜川で言うと
「辰野町より南から、中川村の小渋川合流点の中心(左岸)と、松川町の片桐松川合流点の中心(右岸)とを結ぶラインまで」
となる。
天竜川も岡谷市までは諏訪湖漁協に、右記のラインより南は下伊那漁協となるが、そのどちらの漁協にも「虫踏許可証」存在しない。(ただし、ほんのわずかではあるがざざ虫を食する習慣はあるようだ。これについても後述したい)
上伊那地方でも、ざざ虫の漁場はかなり限定されるようである。現在伊那市内でもっとも「虫踏み=ざざ虫漁」が行われる場所は、
“天竜川・三峰川合流点より南から伊那峡の手前(東春近田原区付近)まで”
である。少なくとも伊那市内では、その地域以外ではざざ虫漁を見かけることはあまりない。
平成八年一月二四日に伊那峡の手前(東春近田原区付近)で漁をしていた、宮田村の春日政美さん(国道一五三号線沿いの「レストランかすが」のご主人)によると、
「辰野の辺りのざざ虫はまずい。水が悪いからだ」
「川によってざざ虫の味は変わる。川が清流であればある ほど味は良い」
「昔、沢渡のガソリンスタンドで誤って天竜川に油を流し てしまったとき、ざざ虫は大漁だったが、煮てみたら油
臭くてとても食べれたものではなかった」
「ここは大沢川の清水が入ってくるところだから良い虫がいる」
とのこと。
伊那市内で天竜川が一番きれいになる所は必然的に上記の漁場『天竜川・三峰川合流点より南から伊那峡の手前(東春近田原区付近)まで』となる。なぜなら清流と言われる三峰川、小黒川等が合流するためだ。
その辺り以外ではざざ虫漁を見かけないということは、当然のことだが漁師たちはどこのざざ虫がおいしいか知っているという訳である。
つまりは、そもそもざざ虫はきれいな水に住む昆虫たちだが、人が川を汚せばおいしいざざ虫はいなくなってしまう。と言うことである。
現在も下水道整備事業は盛んに進んでいるが、いつの日にか伊那市の街中の天竜川でもざざ虫漁が見られる日が来れば良いと思う。
また、漁師の中には「天竜川でざざ虫を捕ると金がかかる(鑑札代15,000円)から、木曽川等、他の川へ行って捕ろうか」と言う人もいるようだが、それでは伊那の冬の風物詩ではなくなってしまう。
まるで金設けのためだけにやるような感じであるが、実際そう言った目的のみでざざ虫踏みをしている人たちも事実少なくない。しかし、現在ビジネスとして成り立っているざざ虫漁であるからそれも当然といえば当然のことである。
また、これも後述するがこれこそが伊那にざざ虫が残っている大きな要因なのである。
しかし、長野県伊那地方の天竜川で捕れたものが「ざざ虫」であり、漁場は当然「伊那の天竜川」と言うことがなければ、後述する
「伊那にしかない文化」
も怪しいものになってしまう。
故に、仮に多くの努力を払ったとしても、信州伊那市のざざ虫踏みは守るべきである。
伊那市は早くそのことに気がつく必要がある。