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ローメンのルーツを私はこんな風に聞いている。
昭和20年代も後半に入った頃の話だ。ある男が中華風の麺料理を作ってみた。
なぜ作ったかといえば、たまたまマトン(ひつじ肉)が手に入り、豚の頭のスープとすりおろしたニンニクで一緒にそれを煮込み、そこに中華麺を入れ塩で味を調えてみたのだ。
いわば偶然の産物だった。ところがコレがけっこう美味かった。もう一工夫すればメニューに載せることが出来そうだった。
メニューに載せるためには常備できる材料がなければならない。しかしその当時、冷蔵庫など町中のどこの飲食店にもなかった。飲食店はどの店でも日持ちのする食材を基本にメニューを組み立てていた。
マトンは塩漬け等にしておけば何とかなる。一緒に煮込む野菜も常に手に入りやすいキャベツを選択した。しかし、意外なことに麺がネックとなった。
当時の中華麺は正に生だった。日持ちせず、すぐに臭くなった。当時乾麺は存在しなかった。
日持ちのする中華麺がなければ、この新種の麺料理はメニューとして日の目を浴びることはなかった。
男は製麺屋に相談し、製麺屋は様々な工夫をしてみた。そして新種の中華麺を作り出した。
「蒸し麺」の誕生である。「蒸し麺」は中華麺を一度蒸し、その後生乾きに乾燥させた中華麺で、蒸して乾かす行程で麺が崩れないように、芯まで硬くならないようにやや太めに作られている。
麺を一度蒸し、その後表面を乾かすことで乾麺と生麺の中間の麺となった蒸し麺は生麺より格段に日持ちし、更に独特の風味を生み出すこととなった。
実はこの麺の発明こそが正にローメンをローメンたらしめている。自己の確立が「我思う故に我あり」であるならば、ローメンの確立は「蒸し麺あり故にローメンあり」なのだ。
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「蒸し麺」(未調理)です。 伊那ではどこのスーパーマーケットでも普通にビニール袋に入って、「かた焼きそば」なんて言う商品名で売られています。 が、ローメンは、ほとんどこの麺で作られます。それは伊那では誰でも知っていることです。 写真は一人前の蒸し麺、一玉約120グラム。 一玉の大きさはラーメンの麺の一玉とほぼ同じ。 麺の太さは1.5ミリ程度。食べる状態では2ミリ位になります。 色が濃いところ薄いところがありますが、乾燥の度合いにより色が違います。 濃いところはより乾いていますが、煮るとすぐに硬度も湿度も均一になります。。 |
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はじめのうちは「炒肉麺=チャーローメン」と言う名前でメニューに載った。その名のとおり「肉を炒めた麺」だからだ。
「炒飯=チャーハン」から発想して「炒麺=チャーメン」かとも思ったが、「炒肉麺」の方が風格があるように思えた。 評判はなかなか良かった。評判を聞きつけて作り方を習いに来る者もいた。しばらくはこの名前「炒肉麺」で売っていた。 しかしその頃、ちまたでは「ラーメン」というモノが流行り始めていた。そしてラーメンは瞬く間に外食の王者となった。 チャーローメンとラーメン。…ならばラーメンと同じ韻を踏んで「チャー」を取り去り「ローメン」にしてしまおう。
こうして「ローメン」は誕生した。
誕生から半世紀を経て、ローメンは伊那の食文化に根強く浸透した。今ではローメンをメニューに載せている店は伊那地方で100軒に近いとまで言われている。
今やローメンは伊那の名物を語るときに無くてはならない存在となった。何度も多くのメディアの取材を受けるまでになった。 そして、いつしか最初に作った男から見れば子、孫のような若い世代がローメンを伊那の味と誇るようになっていた。 こうしてローメンは信州伊那地方で一番年の若い「郷土料理」となった。 |