自然といのち 第13号

脳死と臓器移植(1)
 
平成11年7月20日
 
はじめに

 臓器移植法成立後、今年2月の第1例日を皮切りに、既に3例の脳死者からの臓器移植が行われました。この脳死臓器移植を無条件に素晴らしいことだと絶賛する人もいれば、一方で、これは人間として、何か大きな誤ちを冒しているのではないかと感じておられる人もいるでしょう。文明の進歩としての「臓器移植」は、文化としての人の死に、「脳死」という新たな死の概念を強要してきました。「脳死と臓器移植」というテーマの背景には、人の生と死をめぐる、文明と文化の対立といった意味合いが含まれており、いのちの重みや人間の生き方が、改めて関い直されているのです。
 今回から2回にわたって脳死と臓器移植が抱える問題点を深く掘り下げながら、現代における人間の生き方を考えてみたいと思います。
 

文明の光と影

 「脳死と臓器移植」というテーマに触れる前に、まず文明の進歩がもたらしてきた「光と影」の部分を正しく理解しておく必要があります。文明の進歩が人類発展のために、多大な貢献をしてきたことは、誰しもが認めるところであり、その恩恵に浴してきました。しかし一方で、人間中心主義の文明は、かけがえのない自然環境を破壊し続け、この地球を絶滅の危機に迫い詰めつつあることも事実です。我々の誇りとしてきた、この美しい島国日本も、現状のままでは、遠からぬ将来、上空はダイオキシンで覆われ、地上はゴミ列島と化してしまうかもしれません。
 そして、もう一点見逃してならない事は、近代文明のもたらした、合理主義、市場原理、義務・権利といった価値観が、人間のあり方や生き方を、自己中心的なものに変えてきたことです。古来より、日本人の「生と死」の問題を根底で支えてきたのは、長い歴史の流れの中で育まれてきた、この国特有の精神文化なのです。自然と共に生き、人と人とのきずなを大切にする心が、人間としての美しい生き方を生み出してきたのです。しかし、戦後50年の日本の歴史を振り返ると、復興から経済大国、そしてバフルの崩壊へと移行していく中で、文明に溺れ、文化を失い、今まさに万物の霊長としての「人間の尊厳」が危うくなりつつある時代と言えるのではないでしょうか。

 

脳死は人の死か
 医療技術の進歩としての臓器移植の成功率を高めるために、臓器移植法によって、「脳死」という新たな死の概念が認められました。全脳死という現在の厳しい脳死判定基準のもとでは、人が再び元気な姿に甦るということはありえません。全脳死というのは、脳の機能が廃絶し呼吸することもできない状態ですから、人工呼吸器を外せば、確実に心停止に至ります。従って、論理の上では死に直結している状態と言えます。むしろ問題なのは、人間の心情として、心臓が動いていて、体がまだ暖かいそのままの状態で、人の死として認め、臓器を取り 出すことを容認できるかどうかという点です。しかし、この法案が成立したことにより、日本人にとって二種類の死、通常の「心臓停止による死」と心臓は動いたままの「脳死」が出現しました。脳死臓器移植が進まないことに苛立ちを感じる移植推進派の人達からは、死の概念を「脳死」一本に統一すべきだという意見も出ています。そうすれば、脳死に対する理解が進み、その分だけ臓器提供者も増えるであろうと期待しているのです。今、アメリカでは、臓器提供者が不足している現状を打開するため、脳死の概念を「全脳死」から「大脳死」へと拡大する動きも出ています。これら一連の流れは、脳が機能しなくなったら、人の身体は単なる物にしかすぎず、臓器は単なる部品でしかないという考え方です。臓器提供を意図して脳死という概念が作られた以上、今後脳死状態になれば、臓器提供が当然のことくになっていくであろうと思われます。
 
死にまつわる日本人の文化
 私は元来夢見が悪い性質で、以前にこんな夢を見たことがあります。自分の体がベッド上に縛り付けられ、恐らく脳死状態であったのでしょう。手術というよりも、解剖のごとき作業で、私の胸と腹が切り裂かれました。そこには、まだ動いている私の心臓が見えています。そして、次々と肝臓、肺臓、腎臓と取り出されていくのです。そして最後に心臓が取り出され、その心臓の動きが止りました。私はと言えば、幽体離脱のごとき立場で、中空から、その一部始終を不安そうに眺めているだけなのです。さすがに夢から醒めた瞬間には、ギョッとしました。しかし、この夢を通して、二つのことを感じました。一つは、いかに脳死といえども、心臓が動いている中で、臓器が取り出されていく光景は、少々残酷ではなかろうかという事。そしてもう一つは、脳死の状態でありながら、中空に浮かんで、その流れを眺めている自分の存在を何と考えるべきなのか。もちろん非現実の夢物語ですが、この夢を見て以来、あの世というものがあるか否かは別の問題として、「死者の魂」を大切にする「あの世」という思想が、人間にとって、やはり大切なのだと気付くきっかけとなりました。生老病死は人の常でありながらも、やはり愛する家族を失う「死」というものは、誰にも耐えがたい悲しみをもたらします。人の心は、目に見えないものまで感じ取る不思議な力を有しており、人々は自らの心を通じて、あの世における死者の魂と交わり、その悲しみの心を癒しているのです。縄文の時代から、我々の祖先が、何故「あの世」という観念を生み出してきたのか、少しわ かるような気がしてくるのです。そして、人が豊かに優しく生きれる秘訣は、意外に「あの世」という観念を通じて、「死者の魂」を尊ぶその心の中に、隠されているのかもしれません。
 日本人は、このように、古来より人の心を中心に、文化としての「人の死」を受けとめてきました。それは決して、脳死体のように、心臓が動きながらも、臓器が取り出されていくような断絶した死ではなく、家族に見守られながら、意識が薄れ、呼吸が弱まり、やがて停止し、体が徐々に冷たくなっていく、その全ての連続した流れの中で、「この世」から「あの世」への移行として、人の死を受け入れてきたのです。死後いきなり火葬にせず、お線香を絶やさな いように、一晩ともに過ごす通夜という慣習もその一環です。そこには、甦るかもしれないという仄かな想いが隠されていますし、また初七日や四十九日という行事にも、死者の魂が、まだこの世に未練を持ち、成仏しきれていないような哀しみを感じるからなのです。日本の文化は、このような死の儀式を通じて、徐々に人の死を、心の中に受け入れてきたのです。
 我々が、幼少時より生活習慣の中で身に付けてきた、日本人の文化としての最後の牙城が、「お墓参り」てはないかと思っています。広い意味での日本仏教というのは、各々の時代を生きてきた一般民衆にとって、宗教というよりも、生活に溶け込んだ文化といった方が、より適切ではなかろうかと思います。日本仏教という広い概念の中には、この国特有の自然観、釈迦の哲学、儒教の思想、道教の加持祈祷、道元の禅の思想や親鸞の救済思想、さらには茶道、武士道、俳諧の世界まで、日本の文化の大部分が含まれています。このような言い方をすると、怒る人もいるでしょうが、現代の日本人に大切なのは、我々の祖先が築き上げてきた、これら全体としての文化を、もう一度かみ砕いて理解することなのではないでしょうか。墓という概念はインド仏教にはありません。仏教が中国を経由する際に、儒教の形式を取り入れ、密教として日本に伝来したことによるものです。墓に限らず、先祖を弔う位牌や、お盆という行事も、全て儒教から取り入れたものなのです。儒教の死生観の根底には、「招魂再生」という概念があります。分かりやすく言うと、お盆の行事に見られる、祖先の魂を「この世」に迎え入れ、再び「あの世」に送り出すという考え方です。この「招魂再生」という考え方は、親 から子へ、子から孫へと脈々受け継がれていく、「生命の縦の連続」をとても大切にします。今でも古い家には必ず仏壇がありますが、若い世代では既に失われています。この上、墓が消えていくようであれば、もう完全に日本の文化は絶滅すると言っても過言ではないように思います。「お墓参り」という形式の中に託された深い意味を理解することによって、我々の祖先に感謝する心が自ずと生ずる時、我々は自らに与えられた「いのち」がいかに大切で、尊いものであるかを自覚することができるのではないでしょうか。
 
おわりに
 今回は「脳死臓器移植」というテーマのもとで、「脳死」を対極に置去ながら、日本人が、文化としての「人の死」を、どのように受け止めてきたのかを中心に述べてきました。
 亡き東山魁戯画伯は、「自分に与えられた生を大切にして、同時にひとの生をも大切にして、その生の終わりの時、大地に還っていくことを幸いと思わねばならぬ」と語っておられます。画伯の描かれた、深山や大海原の絵には、長い歴史を生き続けてきた日本人の死生観が自然観と一体になって表現されているように感じます。そして、「風景画は祈りである」という画伯の言葉は、生きとし生けるもの、全ての生命に対する深い畏敬の念と鎮魂の想いを象徴したものと言えるのではないでしょうか。
 次号では、移植を待つ人の心理に重点を置きながら、「脳死臓器移植」の意味を考えてみたいと思います。
(文責:国保依田窪病院 石橋久夫)