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2005/2/18
「いやー、降りますね」今年は大雪になりました。2月5日に新規就農フェアーで東京に出たときは、越後湯沢で電車がストップしてしまったのでタクシーで2時間以上かけて近くの駅まで帰ってきました。今までの人生では一番長くタクシーに乗りました(お金はJR持ちでしたが)。なにせ大雪、真っ白な雪の壁の中をずっと走り通しでした。
川谷も雪で埋もれています。雪掘りも数回なら楽しいのですが、あっちもこっちも何回もになるとさすがに嫌になってきます。それでも昔に比べれば車は動いて郵便屋さんや宅配屋さんも来てくれるので便利になってはいるのですが・・・。温暖化で雪は少なくなっていると甘く見ていました。やはり雪の名所「川谷」です。
2005/1/1
こんにちは2005年。災いの多かった04年が終わり新しい年になりました。
あまりきちんとした住民の意思の確認もないままに吉川町が無くなって、今日から上越市に合併になりました。財政状況から仕方が無いというけれど自分たちの身の丈にあった町の運営を心がけていればこんなことにはならなかったのではと思ってしまいます。国や県の運営も同じです。本当に必要としているところにお金が回らずに分けの分からないところにお金を使ってしまう。100年先を考えて運営してもらいたいものです。
私たちの住んでいた吉川町の隣町では株式会社の農業参入が特区として実現しています。私たちの地域でも土木建築会社が実質的には参入しています。約1年前に県会議員の方と話したときに地域で農業をマネージメントできる人がいないから仕方ない、でも今入ろうとしている人は本当に農業が好きだから大丈夫。絶対に全国的な大資本のところは手を出させないといっていたのですが(その人は大見得切っていたのですがそんな力があるとは思えませんが)、現実は大きな資本が入ってこれる体制ができつつあります。しかし昨年の西武、ダイエイなどの企業の栄枯盛衰を見ていると株式会社の寿命などというものは農業のスパンとはかけ離れたものがあるような気がします。農業のスパンは1000年2000年という単位で考えるものです。株式会社というスタイルはどう考えても地域農業をよくしていくことはありません。ちょっとした経済状況で大地を請け負っていた地域社会を破壊してしまい、自然環境も破壊します。
自分たちが食べる命の源を大事にしていくためにもここで踏ん張ってがんばりたいと思います。
2004/12/27
いよいよ今年も残すところあとわずかとなりました。雪消えと同時に私たちの家族は集落内の別の家に引越しをして、新しい若い家族を迎え入れたのですが、さまざまな事情でうまく行きませんでした。長年の夢だった川谷に新しく若い家族迎え入れるという計画が実現できて、これからどんどん面白くなっていくとばかり考えていたのですが思うようにはならないものです。時間もお金もかなり使ってきたので正直言ってショックはかなりあります。若い家族を迎え入れる難しさをこの年齢で体験できたのは、良かったと思うことぐらいが良かったことでしょうか?
頭の中だけでなく現実の世界で夢を実現するためにはあせらないでじっくりとここでの生活を味わいつくすことから始めるべきなのでしょう。遠い山の頂に登るにもまずは目の前の一歩を踏み出すことからはじまります。
2004/12/14
中越大地震から一月半以上がたちました。大きな揺れを数回感じて、田んぼなどにも地割れが見つかりました。夏の大雨や台風で被害を受けた場所も何ヶ所かあります。穏やかな日々が続くことが幸せだと実感させられる1年間になりました。
12月も暖かい日が多く感じられます。仕事をする上では雪が無いのはおお助かりなのですが、白い雪を見ないと少し落ち着かない気分になります。この時期に台風の影響を受けるなどこれからはこんな気候が当たり前になるのでしょうか。
2004/10/06
いよいよ稲刈りも終盤です。今年は品質は良いのですが収量がかなり悪いです。昨年の冷害に続いての不作でかなり厳しい感じです。農業で食っていくということは、お天気などの自然と向き合いながら生きていくということは分かっているつもりなのですが日々・年々起こることではなかなか納得できないこともあります。そんなことを経験しながら自然に対する感性が鋭くなったり畏敬の念が増していくのでしょうか?
特に今年の天候は激烈な感じが増しています。イチロウではないのですが、あちらこちらで新記録が登場しています。先日降った三重県の1000mmという降雨量を聞くと大変な時代に突入したことを感じます。この地域で1000mmの降雨があったら田んぼはほとんど無くなり、道路は完全に消失してしまうでしょう。私たちがそんな気候の乱れに対応するには心を乱さずにただ受け止めることしかできないように思います。
コンバインで稲刈り中。
2004/08/25
昨年とうって変わって今年の夏は暑い夏でした。7月17日に大雨が降るとその後はすっかり天気が良くなり連日暑い毎日でしたが、こよみ通りに立秋を過ぎるとめっきり涼しくなりました。このところはタオルケットだけでは寒くて1枚厚い布団をかけて寝るようになりました。
この季節になるといよいよ稲刈りの準備が始まります。機械の準備をしたり、まだ草刈が残っている田んぼにあわてて向かったり。期待と不安が混ざる落ち着かない日々です。
日本的にはオリンピックで盛り上がっているようですが、この春からテレビ絶ちをしている我が家ではネット、ラジオ、新聞で結果をのんびりと知る感じです。テレビでは一日中絶叫が続いているようですがのんびりと結果を聞けるのも意外と落ち着いてよい感じです。
2004/06/01
今年の5月はお天気の悪いひと月でした。すっきりと晴れ渡った日は数えるくらいで、曇りや雨の日の多い梅雨のような天候でした。
そんな中で無事田植えが終わって少しホッとしています。ちょっとしたアクシデントが重なって若干遅くまでかかったこともあって少しやきもきしましたが、田植えが終わると一仕事終えた満足感があります。
2004/03/30
川谷でもいよいよカタクリが咲き始めました。今年の冬は1月下旬から2月の上旬に掛けて少し厳しい寒さがありましたがやはり暖冬傾向で小雪で終わりました。3月に入ってからは順調に雪消えも進んで50cmぐらい残っているだけでしょうか。
とはいっても4月になってからの積雪もある場所なので桜が咲くのはもうしばらく先でしょうか。
3月20日には高崎から細田一家が到着しました。苦労することもありますが、家族の幸せを第一にのんびりと川谷での生活を軌道に乗せてもらいたいと思っています。そして私たちも細田家の到着に合わせて引越しをすることになりました。川谷での生活をスタートさせた家を細田家に渡して、新しい空き家に移り住みました。まだ水道やガス、風呂など改修しないと住みにくい所もあるのですが10年目に当たって生活をリセットするには良い機会になりました。
それにしても引越しすると無駄なものが家に中にたくさんあるのには驚かされます。家が広いのでついつい処分するのが遅くなります。何はともあれ無駄な買い物などはしないのが一番。
2004/01/26
降りました。今年は少し物足りないなどと言っていたら、あっという間に1.5mの積雪です。今日は海岸線の町、柿崎まで出たのですがその辺りでは50cmぐらいですが、家に向かって山を登って戻ってくると坂道やカーブを一つ超えるごとに雪が増えて川谷に来ると除雪が追いついてないのでやっと車が通れるだけになります。
家の周りも雪で埋もれて明るかった家の中が暗くなります。今は明かりと暖房をいくらでも使えるので陰気にならずに済みますが、昔は大変だっただろうな思います。
2004/01/23
今年の冬は雪が少なくて助かります。いつもの年は県道から家の前まで車が入ることは考えられ無いのですが、今年は寒波が来たあとしばらく暖かい日が続くと車が入れるようになります。3ヶ月予報も比較的暖かいようなのでここに来てから一番少ない積雪で終わりそうです。といっても大寒寒波でこのところ積雪が増えていますが。
先週の土曜日にはスノーシューを履いて山歩きをしてきました。下がその時の写真です。
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上段左から@スノーシューのあとAウサギたちの足跡B越後三山(中央は八海山)
下段@頚城平野の向こうに火打・焼山 A柏崎市内と日本海B白い所が星の谷ファームの田んぼ
残念ながら一人での山行だったので歩いている姿が無いのが残念ですが・・・。天気予報はイマイチだったのですが、遠くの山や海まで良く見えました。夏は藪になっていて登るのは大変なのですが雪があると藪の上を歩けるのでいろいろな所に踏み込めます。頂上で飲んだエビスは極上でした。
2004/01/02
2004年です。今年はどんな年になるのでしょう?昨年はイラク戦争によって第2次世界大戦後の日本が大切にしていた何かが大きく変わってしまったように感じます。
自分たちの船が乗っていた潮の流れが、急に変わって逆方向に流されていくような感覚です。誰にも止められないような大きな流れに乗ってしまったのでしょうか?その流れから抜け出すことができるのでしょうか?
まだ船は嵐にあって、難破してしまったわけではありません。私たちの船はパドルを失ったわけではありません。流れに逆らって進むこともできます。自分たちの進んで生きたい方向もう一度しっかりと見つめなおして、それがどんなに困難だとしてももう一度向かいたい方向に流れている潮に乗りましょう。今が一番苦しい時かもしれませんが・・・。
私たちが住む吉川町も1年後の2005年1月1日の上越市との合併を目指して様々な動きがあります。農業、農村、地域の様々な仕組みが効率化の掛け声のもとにそのシステムを変えようとしています。私たちの住んでいる地域では少子高齢化による地域社会の衰退によってそれはどうしようもないものだとあきらめられています。多くの田舎と言われる地域がこれまでもその過疎化を逆手にとって中央からお金をもらって何とかやってきました。でもそのお金の出所がどうも厳しくなってきて自立を迫られています。そんなお金を頼りにしていた人はいきなり環境だ、地域社会だといって形を変えてお金をもらうシステム作りを急いでいます。私の地域でもそれまであっちの自然を壊し、こっちの自然を壊し美しいブナ林に林道を通した建設会社がいきなり自然環境だ何だと騒ぎ出しています。また農業で食ってもいない人たちが法人化してお金をもらうことに血眼になっています。そんな人の動きを見ていると何とも愚かしく、いとあわれなりです。
自分が目指していきたいカタチをしっかり思い描き、一歩一歩着実に慌てることなくやっていきたいと思います。
11月の中旬には大阪の会議のついでに斑鳩の法隆寺に寄ってきました。金堂釈迦三尊像、救世観音像など飛鳥時代の仏像や様々な時代の建物をゆっくりと拝ませてもらいました。高校時代以来の訪問だったのですが、今回は一人でのんびりと歩けました。建立し、仏像を作った人、飛鳥時代以来訪ねた多くの人々は、何を思い、何を問いかけて、どんな答えをもらったのでしょうか?自分たちが将来に残せるものにはどんなものがるのでしょうか?
2003/11/8
5,6,7日と今年最初のコシヒカリの出荷でした。毎年この時期は大忙しで残業が続きます。JAにお米を出せば済んでしまう農家と違ってお客様一人一人にお米をお届けするのは結構細かい仕事になります。それでも今年も美味しかったよといっていただけるお米が採れたので幸せです。今年の夏は難しい年で、大不作だったお百姓さんもいるようです。全国のお百姓さんが豊作で喜べるのが一番です。
今日は新潟市までJ2アルビレックスのホームゲーム(ビッグスワンにて)を観戦に行って来ます。場合によってはJ1昇格決定試合になるかもしれません!がんばれアルビレックス!1年間戦ってきた選手に大きな声で応援をしてきます。
(8日の試合は勝ちましたが昇格は次節に持ち越し。23日 最終節にてアルビレックスはJ1に昇格を決定しました!来年はJ1勢との苦しい試合が多くなるのでしょうが、がんばれアルビ)
星の谷ファームHP