白馬岳の見える村から                    姫川谷の記憶
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姫川谷絶景 写真館
昭和30年代後半から、40年代に至る高度成長期。自然からの脅威と対峙しながら、生きる糧を求めて来た山村の暮らし。一極集中への交通網の波は、実に激しいものであった。先祖伝来の土地を捨て、いわゆる過疎地となって残された集落を目の当たりにしたときの衝撃。高々20数年のうちにこうも変わるものであろうか。家屋の象徴であった茅葺き屋根は年を追って数を減らし、今では住人も去って朽ちるに負かせばかりだ。集落から子供の声が消え、分校は消えた。集落を繋いでいた里山道は藪の中。もはや耕して天に至る棚田の光景は望むべくもない。まさに山村崩壊の瀬戸際で喘ぐ姫川谷の村の姿であった。それでも、わずかでも村に残っている生活の痕跡を見つめ、確認しておくことも意味あることではないか。今をおいてない。そんな思いにかられながら具に姫川谷を歩いた。心動かされる光景に遭遇したことも度々であった。山野を巡った40年を振り返りながら、過ぎし日の光景をモノトーンで追ってみたい。
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早春の真那板山山麓

 三月も初旬。昨夜から降り続く雨の笹野を訪れた。朝霧に見え隠れする真那板山に育つクマスギ。まるで山水画を見る思いだ。杉木立から枝を切り払う音が、しじまを破って聞こえてくる。2mを越す残雪にハシゴを架けて、杉の手入れに余念のないお年寄りの姿であった。「彼岸前の枝打ちは水を含んでいないから、皮を剥ぐこともなく木を傷めないさね」
                         (昭和56年・3月)


ちゃんめろ

例年になく雪消えの遅い小谷の里にも、待ち焦がれた春がやってきた。小半日、土手を吹き抜ける涼風に身を任せながら、小気味よく聞こえてくる春の音。遠慮がちにちょっぴりと顔を出したちゃんめろ。実に奇妙な名だ。あの、ほろ苦い香りと舌ざわりは、ちょっと比べようがない。
                   (昭和61年・4月)


オクチョウジザクラ

姫川谷にサクラの便りがやってきた。深原と李平集落への分岐にさしかかる姫川右岸の山肌は、一面オクチョウジザクラの群落。淡いピンク、白も混じって午後の谷風に小刻みに震わしている。水かさを増した姫川。対峙する風吹岳の残雪を眺めながら、しばらく腰を下ろした。
                      (昭和63年・4月)


茅葺屋根

山野に春の気が満ちる姫川谷。農作業を前に、仲間内での茅葺屋根の取り壊しが始まった。
長い年月に真っ黒に煤けた骨組みが顔をだした。立ちのぼる煤ぼこりにまじって、残雪を抱く雨飾山が鮮やかであった。
                (平成元年・4月)


山桜の咲くころ

田起こし、代掻き、畦塗り、田植えと続く忙しい春の農作業が始まった。水の張ったたんぼが周りに映えて、なんとも美しい。農村風景ほど人を和ませるもはない。減反政策のはざまで棄てられていく田畑が目につくが、老夫婦の手入れの行き届いた情景に、しばらく見入った。
                       (平成4年・4月) 

「姫川遊行塾」主宰 写真家 田中省三                                 .                          
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