長野電鉄屋代線

 
 

2012年3月に廃止が決まった長野電鉄「屋代線」。利用者の減少が進み同社の「木島線」と同じ運命を辿ることに・・・沿線には病院、中学校、高等学校、 官公庁施設、温泉施設などがあるが自動車に利用客が奪われ、また一つ地球に優しい乗り物が消えてゆく。弱者を置き去りにして!

 

路線データ

 ・路線距離(営業キロ):24.4km

 ・軌間1067mm

 ・駅数:13駅(起終点駅含む)

 ・複線区間:なし(全線単線)

 ・電化区間:全線(直流1500V

 ・閉塞方式:自動閉塞式


運行形態 [編集]

すべて普通列車、線内折り返しで昼間時間帯は約90分毎の運転。ワンマン運転を行っていた。廃線時点では全列車2両編成だったが、1993(平成5年)に3500電車が投入される前は1500電車による単行運転が多かった。

過去には急行「志賀」「丸池」など国鉄信越本線上野駅方面より乗り入れる列車が設定されていたが、1982(昭和57年)1115に廃止されている。これらの列車は長野電鉄線内では、自社線内運行の特急とは別の「連絡急行」という種別で運行され、自社線区間利用の場合にも急行券が必要だった。

また、須坂経由で長野線と直通する普通列車も設定され、長野市内方面への通勤通学客の便宜を図っていた時期もあった。


歴史

松代など千曲川東岸の町々を結ぶ屋代線は、河東鉄道により1922大正11年)に屋代 - 須坂間が開業。1925(大正14年)に木島まで延伸された。当初は蒸気機関車による運行であったが、1926(大正15年)には屋代 - 須坂 - 木島間が電化される。信州中野 - 木島間の通称木島線が廃止された2002年(平成14年)に、運行形態に合わせて屋代 - 須坂間を屋代線とした。

1922大正11年)610 河東鉄道により屋代 - 須坂間が開業。

1923(大正12年)312 町川田駅を信濃川田駅に改称。

1926(大正15年)

 ・129 河東鉄道全線電化。

 ・930 河東鉄道が長野電気鉄道を合併し長野電鉄に社名変更。屋代 - 須坂間は河東線の一部となる。

1934昭和9年)524 象山口駅開業。

1951(昭和26年)1113 大室駅開業。

1966(昭和41年)71 若穂駅開業。

1983(昭和58年)

 ・1027 屋代 - 松代間で連動装置自動化。

 ・1214 屋代 - 須坂間でCTC使用開始(翌年21から本使用開始)

1993平成5年)111 屋代 - 須坂間ワンマン運転開始。

2002(平成14年)918 屋代 - 須坂間を屋代線と名称変更。

  1. 2011(平成23年)

 ・22 活性化協議会の議決により廃止が決定。

 ・325 長野電鉄が国土交通大臣に鉄道事業廃止届出書を提出。

2012(平成24年)41 廃止、長電バスに転換