出羽三山・立石寺・蔵王
2005年10月21日〜24日



1プロローグ
昨年 上毛三山の旅の中で、来年の旅はどうするか?話し合った。集約の結果出羽三山に決まった。
出羽三山は山形県中部 羽黒山、月山、湯殿山の総称。出羽三山神社があり、古来修験道場として
有名。私は山伏姿の人が険しい山道に挑んでいる姿をTVで見た程度の知識。月山を割愛し、出羽
三山神社、湯殿山神社、山寺こと立石寺、蔵王温泉と蔵王山の紅葉等の見学。3泊4日車の旅。

2.日程の概要と所感
○1日目 10月21日 金晴れ
参加者はいつも通りの5名。自宅出発8:00→飯山豊田IC→上越高速道−北陸道−日本海東北道
−中条IC→普通道(R345−R7の海浜を走り)途中山形県温海町で昼食−鶴岡市−→羽黒町→神
林宿坊着3:00PM、走行距離350km、7時間。
宿坊に挨拶をして出羽三山神社へ。


羽黒山の大鳥居
鶴岡市から庄内平野を横切って、羽黒街道を走っていると大鳥居が見えてきた。道路の傍らに駐車
してパチリ。この一の鳥居高さ22.5m。昭和4年山形市吉岡鉄太郎氏の奉納。



祓川と須賀の滝
随神門をくぐって表参道の石段を下ると朱塗りの神橋に出る。その橋の上からパチリ。昔はこの川に
身を沈めて水ごりをしてから参詣したそうです。



爺杉(天然記念物)
ふうふういながら石段を登ってやっと着いた。樹齢1000年の杉。未だかくしゃくとして立派な杉で
す。かつてはこの爺杉同様にして婆杉といわれ老杉があったが、台風によって失われ、現在は爺杉
しか存在しない。



五重塔(国宝)
約600年前 庄内領主の再建と伝えられている。爺杉の直ぐ近くにある。折悪しく修理中で境内には
入られなかった。この辺りには建造物跡地があちこちに表示されていたが、今は爺杉と林の中に取り
残された感じの五重塔だけであった。



最後の坂 第三の坂(表参道最後の上り坂)
この辺りを十五童坂といい、一山に関係のある人が住んでいた跡地が参道の左右にある。ここまで
随神門から1.7q、2446段の長い石段は70歳代の私たちには無理。車で回り道をして来ました。



山頂鳥居付近
十五童坂を登り切るとこの鳥居に出る。



三神合祭殿
鳥居をくぐると見えてくる。



三神合祭殿
正面からの様子、高さ28m、茅葺きの屋根の厚さ2m、豪壮な感じがしました。平成12年国の重要
文化財に指定される。現在の合祭殿は文政元年(1818年)に完成、建設以来187年経過した建造
物です。



広々とした境内
山中にこれだけ広々とした境内を造るには人力だけの当時 整地に要した労力は莫大だったろうと
思われます。



末社
境内にはいろいろな建造物がありましたが、その一つに出羽三山の末社を祭ったこのような建造物
がありました。左から羽黒山の大雷神社、建角身神社、稲荷神社、大山祇神社、白山神社、思兼神
社、八坂神社。


○2日目 10月22日 土 曇り   羽黒町の宿坊→湯殿山神社→立石寺→蔵王温泉泊
湯殿山神社へ
羽黒町−庄内あさひIC−(山形道)−湯殿山IC-R112-山形県朝日村→湯殿山道・・・・・・→湯殿山
神社 羽黒町からの所要時間 1時間 40q  ¥200+¥400+¥200(シャトルバス)  



湯殿山神社大鳥居
ここまでは自家用車(仙人沢参籠所)ここからはシャトルバスで



ご開山1400年の幟
シャトルバスを降りて本宮まではこのような参道を歩きます。それほどの急坂ではないが、結構応え
る道のりであった。道ばたにはこのような幟旗が林立していました。
出羽神社と月山神社は昨年開山1400年。湯殿山神社は1年遅れ今年が開山1400年。開山は59
4年崇峻天皇の皇子、蜂子皇子による。
この幟は1万円以上献金すると掲げられるとのこと。献金はどのくらいあったのでしょうか?宗教の力
は偉大です。



本宮入り口とお祓い所
裸足になり、¥500払って(手前の黒い法被の人に)白いズボンをはいた爺様からお守りとお茶の入
った袋をもらって、お祓いをしてもらって、入り口から本宮に向かいます。関所並に厳重です。こっそり
チョロまかして入るわけにはいきそうもありません。その上ここからは撮影禁止。どうしてだろう
か??。


本宮
本宮には建造物はなく黄褐色の岩があるだけ、この岩がご神体のようです。お賽銭が溶けていたと
同行のN君。酸性かアルカリ性かは不明 どうもPHは中性ではなさそうです。お出かけにはリトマス
試験紙をご持参下さい。岩の辺りからしみ出た湯は参道に流れ出ている。火傷するくらいの熱い湯で
す。このご神体を180度回って同じ道を引き返すようになっている。



足湯
神仏混淆の頃羽黒山は観音、月山は阿弥陀、湯殿山は大日を祭り 仏道の修行は羽黒山で入峰修
行し、月山に登り艱難に耐え、湯殿山に降りて即身成仏する。この湯殿山は最後の仕上げをする場
所のようでした。
出口にこのような足湯があった「極楽 極楽」といった感じでした。冷えた足には心地よい足湯でし
た。参拝の効があったのか 皆さん俗世のあくが抜けたようないい顔をしていました。
私の少年時代、家の五右衛門風呂を湯殿と呼んでいました。湯殿とは風呂場のことです。


立石寺へ

立石寺登山口
湯殿山神社−朝日村−月山IC−(山形道)−山形北IC→立石寺
ここまで61q ¥1,250 時間10分



芭蕉記念碑
元禄2年(1689年)に俳人松尾芭蕉も奥の細道の途中、山寺を訪れ、有名な「閑かさや 岩にしみ
いる 蝉の声」の句を詠んでいます。




芭蕉像
前掲芭蕉記念碑に この芭蕉像を造ったいわれが書かれています。
立石寺は芭蕉の名句「閑かさや・・・・・・・」に惹かれて訪れる人が多いようです。私もその一人です。



根本中堂
延文元年(1356年)初代山形城主、斯波兼頼(しばかねより)が再建した。ブナ材の建造物では日
本最古といわれている。天台宗仏教道場。



根本中堂の内部
堂内には、自覚大師作と伝える木造薬師如来像が安置されている。また比叡山から立石寺に分け
たと言われる1200年間不滅の法灯を拝することができる。



立石寺山門
山門は、開山堂などへの登山口。大仏殿のある奥の院まではここから石段800余段。



仁王門
1848年に再建されたケヤキ材の門。左右に安置された仁王尊像は、雲慶の弟子たちの作と言われ
ている。



奥の院と大仏殿
向かって右側が奥の院、左側が大仏殿
奥の院は開山慈覚大師が、中国で修行中に持ち歩いた釈迦如来と多宝如来を本尊とする。明治5
年の再建



大仏殿には、像高5mの阿弥陀如来が安置されている。



奥の院で記念撮影
ここまで1100余段の石段。杖にすがりながら上り詰めました。疲れました。



奥の院の近くから見た山寺の町並みです

山を下り麓の土産店で血糖値を気にしながらソフトクリームを食べました。美味。
これで今日の参観は予定通りに終了。ここから蔵王温泉へ車で1時間。蔵王温泉泊


○3日目 10月23日 日 雨   休養と蔵王周辺の観光 
朝起きたら雨 ひどい雨降り これでは出かけられません。午前中は麻雀などをして過ごす。

午後雨の中苅田岳からお釜を見ようと出かけた。



雨は小降りになり車外で紅葉の始まった蔵王の景観を撮影したりした。



坊平らから上は降雪のため全面通行止め。
お釜の観望は断念。ウーーンザンネン!!だがしょうがない。



坊平周辺からの景観


○4日目 10月24日 月 晴れ   ロープウエイで鳥兜山 山頂へ 散策→帰宅

中央ロープウェイで鳥兜山頂へ
往復¥1,200 7分で山頂着。ネットのサイトに割引券があります。印刷して持参すれば10%引き
です。ここからの眺望は素晴らしい。中腹が紅葉の最盛期でした。



鳥兜山頂の蔵王大黒天
大黒天は通称大黒様と呼ばれている福の神です。大国主の尊と混同されがちですが、この神様イン
ドのヒンドゥー教の神様です。いわば輸入の神様です。後ろから見ると男性の性器に見えるそうで
す。俵は金玉 帽子は鬼頭 左手に担いでいる袋は子宮とか。生殖、子宝から福の神になったようで
す。ネズミや厨房にも関係のある神様です。 
ついでに恵比寿様は海から流れ着いた神様です。福の神ですが漁民の信仰が厚いようです。



鳥兜山頂からドッコ沼方面を望む
折悪しくドッコ沼方面へのペアリフトは本日より運休。ドッコ沼へ行く予定であったが駄目。頂上は既
に落葉し、ブナ林でしょうかそれなりの趣がありました。



鳥兜山頂から 手前の集落は蔵王温泉


帰宅の途へ
蔵王温泉出発10:00→上山温泉バイパスR13−南陽市−R113(前に米沢市へ行った時に通った
道路)−山形県小国町−新潟県関川村−R7−この辺りで昼食)−中条インターチェンジ−高速道−
豊田飯山IC-→自宅着4:00PM
345q 6時間


3.エピローグ
3泊4日の旅は終わった。全走行距離884q。経費一人当たり3万円。
蔵王の紅葉は見頃 他はし始め1〜2週間早かった。予定した苅田岳から蔵王のお釜や滝を見る計
画はあいにくの降雪のため駄目。蔵王温泉は連泊。3日目の午前中は雨で閉じこめられたが入湯、
休息、旧交を温められるよい機会になった。向こう見ずな計画で不安の面もありましたがほぼ予定通
りでした。
雨に閉じこめられて皆さん麻雀をやっていました。全くこの面の知識のない私です。端で見ていて分
かったことは手持ちのハイは14杯。ポン、チー、ピン、・・・・。
カメラはニコンD70S 今年の4月に発売された新型の一眼レフデジタルカメラ。どんなによく撮れるだ
ろうと期待していたがセッティングが悪くどことなくすっきりしない写真になってしまいました。
「何処がよかった?」と旅が終わった後聞かれます。今回の旅はどこも初めて 感動の多い また 学
ぶことの多い旅でした。みな良かったです。あえて言うなら雨に閉じこめられたのもゆったり出来て良
かったですね。今までが どことなくあくせくした旅でしたから。
下手な私の運転にあまり文句も言わないでつき合ってくれた同行諸氏に衷心より厚く御礼申し上げ
ます。次回は父島と屋久島そろって楽しい旅をしたいものです。


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