W、犬房丸に関する史料
1、木の下蔭 巻之下
葛上紀流(安永8年・1779)著作 (蕗原拾葉 名著出版 中巻 298頁所収)
1、工藤氏俗名供養塔碑銘部分の転載(碑の所在地 伊那市西春近726番地・常輪寺北側)
碑銘表
寛永八辛未年九月
久堂 介常 末
為 藤原 祐綱
同裏
唐木 菅右衛門
是を建立
与しとのため
此セきとう立申候
蕗原拾葉原本(進徳図書 蕗原拾葉 36 高遠町立図書館所蔵 高遠町進徳館旧所蔵)
2、工藤氏俗名供養塔碑銘の考察
この碑は、唐木氏(西春近小出村岡・屋号 古屋敷・家紋 丸に橘)が「工藤氏の末流で具体
的には藤原(工藤)祐綱氏をご先祖と仰ぐ」ことを示しています。江戸時代初期(寛永8年=1
631年・9月)に唐木菅右衛門氏が、直接の大先祖と仰ぐ「藤原祐綱氏・俗名の供養塔」を建
立されました。碑の正面の「末」と「為」という2字に着目する必要があります。「末は末流・
為は為書」の意味であることが読み取れます。
現在は残念なことに風化が著しく進んでしまいました。しかし、碑文の正面や裏面等の一部を
読解でき「木の下蔭」の碑銘の内容と同じであることがわかります。
葛上紀流氏が「木の下蔭」を書かれた安永8年(1779)は碑が建立されて148年後でし
た。よって、全文が読める状態にあり記録として今日に伝わりました。
かくして、唐木氏のご先祖である菅右衛門氏は江戸時代初期に祖先の根源(ルーツ)を示す「
俗名の供養塔」を建立されました。
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