《表彰理由》
氏は、1950年長野県に生まれ、信州大学教育学部を卒業後東京でしばらく教職についた。しかし、ふるさと飯山の自然が忘れられず帰郷し、専門の地質学を活かして地方自治体の地質調査に従事することとなった。
その地質調査活動を通じて長野県下の産業廃棄物問題にとりくみ、産廃問題に対応する行政のあり方に厳しい提言を行いながら、住民と一緒になって問題解決に努力された功績は大きい。
また、1995年「長野県廃棄物問題研究会」が発足すると、その調査研究責任者となり、「まず、現場を見て歩き、地元の人の話を聞く」 ことを信条としてねばり強い活動を続けた。その足で蓄積したデータと地域密着型解析手法は全国的な注目を集め、高い評価を得ることとなった。
さらに全国ネットワークを組織し、地域の健康を創るための住民運動に関わり、問題をかかえる住民を熱心に支援しつづけてきた。これらの活動は「ゴミは田舎へ?」の著作にまとめられ、多大な反響を呼んだ。そのなかで「産廃問題は現代社会の縮図である。・・・そこには、強い者・富める者が、弱い者や貧しい者に危険なものを押しつける構図がある」 と述べている。これからの農村医学を実践するにあたり、欠かすことのできない視点である。 受賞講演全文 |
| 略歴 |
昭和25年 長野県飯山市に生まれる
昭和52年 信州大学教育学部地学科卒業,教職(東京都)を経て民間企業に就職
昭和58年 『千曲川を科学する会』に参加,河川や廃棄物問題の研究を始める
平成04年 運送会社(深夜便)でアルバイトをしながら調査
平成07年 長野県廃棄物問題研究会を設立
<現 在>
長野県上山田町新山焼却炉環境健康影響調査学術調査団に参加
伊那市横山焼却炉公害民事調停住民側特別代理人
浅川・鳥居川水系防災調査団に参加 |
| 著書 |
『病む川の警告(産業廃棄物編)』 1991年(千曲川を科学する会)
『病む川の警告(洪水編)』 1993年(千曲川を科学する会)
『スキー場はもういらない』 1994年(共著・緑風出版)
『ごみは田舎へ?』 1996年(川辺書林)
『美麻村産業廃棄物最終処分場建設計画に関する意見書』 1995年 長野地裁
『溶融固化した廃プラスチックの溶出試験結果の所見』 1998年 伊那地裁
『宮田村最終処分場建設計画について意見書』 1998年(伊那地裁)
『処分場の排水中のダイオキシン類及び化学物質調査報告書』1998年信濃町反対同盟
『棚峯町会の土壌中のダイオキシン類についての調査報告書』1998年松本市棚峯町会
『廃棄物処理施設設置等許可申請に関する意見書』 1999年 北海道知事
『焼却施設周辺の土壌中ダイオキシン類についての調査報告』 1999年 上山田町 |