この池のほとりへ畑仕事にきていた青柳村の阿部治郎右ヱ門の妻は昼食を終わるとそこにまろ寝して一刻あまり昼寝の夢を結び残りの仕事を終えて紅い夕日の沈む頃我が家に帰ったのである…それより月満ち玉のような男の児を産んだのである。
夫婦の喜びはいかばかり、坊や坊やと下にも置かぬほどいつくしみ育てる内に月日が流れてやがて七つになった。ある日母親は初めて青柳の池のほとりへ畑仕事につれて行くと、坊やは池を見るやこれは又不思議、水面めがけて踊り込み忽ち姿をかくしてしまった。
母親は狂気のように泣き叫び渚づたいに探したが、それっきり影さえも見出せなかった。今はこれまでと諦め悲し涙に咽びつつ家に帰り夫と共に悲しみながら寝についた。その夜丑三ツの頃のこと人の呼び起こす声に妻がフト眼を覚ませば可愛い坊やが枕辺にキチンと座っているので母は嬉しさの余り取り縋り治郎右ヱ門も飛び起きて抱き寄せようとすると、その手を払った坊やは「…私はもうあなた方と一緒に居る事は出来ません…七つの年までお育て下さった御恩を思い今晩お礼に参ったのです、どうか無いものと諦めてください、」と…この上は因果と諦め坊を青柳の池へ帰したのであった。