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| 滝倉沢の大滝 |
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新緑が始まる前の4月頃 ぜひ見ていただきたい滝です。林道の対岸に見えます。けして勇壮とは言えませんが 横川渓谷へと豊富な水を落としています。木々の葉が生い茂ってくると見える範囲が限定されてきます。
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初夏 |
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| 長者平 |
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戦国時代には 約70軒ほどの集落があり、飯森氏の一族が住んでいたと伝えられる。武田勢により全戸焼き払われる運命にいたった。
長者平からは信越国境の3峠が眺望できる。
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林道(大網〜長者平)からの
横川谷と雨飾山の眺望 → |
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| 雪解けの頃の長者平 |
トチの巨木 |
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| 横川集落跡 |
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戦国時代頃までは、70軒もの集落をなしていたが、平倉城の落城で武田勢が越後へ進撃した際、それに対抗した横川集落が焼き打ちにあってから戸数が減り続け 大網峠道の発展とともにさらに減り明治の始めころには20軒ほどであった。豊かな山の幸により集落の収入は 往来する ボッカや牛方を相手にしたものであり牛のエサの草だけでも商売になったという。 |
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| ← 今も横川の池に泳ぐ黄金鯉 |
| 阿弥陀如来 文政9 → |
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| 殿行集落跡 |
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背丈以上の「ウトウ」
「ウトウ」とは牛・人の往来により道が削られた道や人為的に階段などの段差をなくすために斜面を削った道もある
殿行〜横川間にて地すべり地帯があり横断には注意してください。
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| 古道の脇に残る 石の水桶 → |
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| 一本杉 |
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殿行にて アワガ峠道と鳥越峠道に分岐するところに大きな杉が立っている。アワガ峠道は角間池下道標へと至る。大網峠・アワガ峠・鳥越峠の信越国境の3峠のうちもっとも古い峠がアワガ峠であり。薙鎌道とも呼ばれる。
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| 一本杉〜鳥越峠間の観音様 → |
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| 鳥越峠 |
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切り通しの峠。峠直下からは 跡杉山 大網集落 横川渓谷 北アルプス北部を望み、峠北側の林道からは 戸土の樹海 根知谷 糸魚川 日本海が望める。
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| 峠の地蔵菩薩 → |
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| 北アルプス方面の眺望 |
日本海方面の眺望 |
風情のある峠 |
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| 戸土道標 |
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非常に感情が裕福でおだやかな顔だちの仏像に 文字を浮き彫り(陽刻)にて「左ハゆみち」「右ハよこ川」彫ってある。
「ゆみち」は戸土より八百平(廃集落)湯峠を経て小谷の湯(小谷温泉)への道(今は廃道)である。
「右ハよこ川」より この道標より白池、角間池下道標を通らずアワガ峠に向かう道が存在したことが窺える。
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| 戸 土 |
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信越国境の集落。豪雪・地滑り等で過疎が進み全戸転出し今は永住者はいない。長野県の集落で唯一日本海が見える。
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| ← 集落の入口の石仏群 |
| 冬の戸土と頸城の山並み → |
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| 戸土・境の宮 |
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薙鎌打ち神事 (なぎがまうちしんじ)
7年ごとに(諏訪大社御柱祭りの前年) 中谷大宮諏訪神社例祭の翌日に催される
諏訪大社の御柱祭りの前年に行われる。 元禄年間以前からの伝統があったが、明治初期以降中絶し、昭和18年に復活し、現在に至り古式ゆかしく催されている。諏訪大社から薙鎌を捧持した宮司が中谷諏訪神社に来社し、奉告祭を行い、信越国境の地、「戸土」の境宮または仲股の小倉明神へ赴き神事を行う。宮司は奉持した薙鎌を神木に槌で打ち付ける。薙鎌は開拓の 神・風鎮めの神としての信仰を持つ諏訪明神のシンボルとされ、ご神体として祀っている神社もある。小谷村内各神社にも様々な形の薙鎌が所蔵されている。(長野県指定無形文化財 )
番場から大峯峠へ向かう途中の「ガニ原」に「御頭岩」(写真)と呼ばれる岩がある。 諏訪大社下社から「薙鎌の神事」を司る大祝(おおほうり)一行が薙鎌を奉持した際必ずこの岩に薙鎌を一時安置したところで神聖な場所とされた。 前日は、現白馬村切久保の諏訪神社の「御頭(弟)の木」に安置していて、翌朝出発し この御頭岩でお昼となる。その日のうちに中谷の小谷惣社である大宮諏訪神社に到着。大宮諏訪神社で奉告祭を執り行う。その後 地蔵峠 - 三坂峠 - アワガ峠を越え 信州国境の境の宮と小倉明神で薙鎌神事を行う慣わしであった。
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