明日への遺言

日付:

2008.03.07

原作は大岡昇平の「ながい旅」というノンフィクション。国際法では軍事施設への爆撃以外の爆撃を無差別爆撃として禁止している。しかし、ドイツもイギリスもそんなことはお構いなく、相手の都市を無差別に爆撃したことが記録映像とともに延々と説明される。ソ連も、日本も例外ではない。そして、アメリカの東京大空襲である。これも未曾有の大無差別爆撃であった。そして名古屋空襲も。原爆投下問題ももちろんそうである。

東海軍司令官岡田中将は、無差別爆撃を行い不時着したアメリカ兵27名を捕虜とせず処刑させた。戦後、アメリカ軍(占領軍)の軍事法廷で、その行為が彼の部下とともに戦争犯罪(B級)として裁かれる。彼は無差別爆撃という国際法違反の戦争行為を法廷で問い直す。国はアメリカに負けたが、岡田は堂々とアメリカを論破した。

岡田(たすく)中将という人物のどこに魅かれてこの映画が撮られたのか、最後までわからなかった。戦勝国の報復裁判といわれた「東京裁判」を間接的に批判しているのだろうか。戦争犯罪についての裁判そのものに異議を唱えているのだろうか。映画のタイトル(あしたへのゆいごん)も陳腐で要領を得ない。

法廷ドラマは逆転劇である。ここでは戦争では負けたが、裁判という論理の場では勝つ話のはずである。裁判から明らかになる真実がもっとダイナミックにしっかり描かれなければ、何を描いたのかわからない。ケレン味を極力避けたのかもしれないが、調べた事をそのまま映画にしたような生硬さも感じる。

法廷ドラマは密室劇である。凝縮された空間に耐えうる演技力の確かな俳優が必要なのだ。弁護士と検事がいて被告がいる。三つ巴の論戦の迫力が描き切れていない。「岡田は堂々とアメリカを論破した」と書いたが、その映像的達成感がないのである。それを阻害しているものとして、裁判が英語で行われていることがある。劇の進行も英語のセリフを日本語に翻訳しながらになり、映画の進行にもその度スーパーインポーズが入るので、どうしても説明的になって、それだけで終わってしまう。映画には全く不向きな題材なのだ。

良心作には違いないが、それだけで他に何もないのでは困ってしまう。「復活の日」なんかそうだが、外人俳優を使って成功した日本映画は今のところないと思う。(あるかもしれないが思い浮かばない。)この映画もその轍をしっかり踏んでしまっている。特に検事役のアメリカ人俳優のセリフは棒読みに聞こえる。証人、参考人役の田中好子、蒼井優、西村雅彦などもただ出ているだけだし、一番リアリティのあった場面が、冒頭に挿入された当時の記録映画の数々だったでは困ってしまうのだ。

字幕翻訳・ロジャー・パルバース


 ●監督◎小泉堯史
 ●脚本◎小泉堯史 ロジャー・パルバース
 ●音楽◎加古隆
 ●主演◎藤田まこと
 ●共演◎富司純子 ロバート・レッサー フレッド・マックィーン リチャード・ニール 竹野内豊(ナレーター)
    
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