ロッキー・ザ・ファイナル

日付:2007.4.30

 

 スタローンは久々の感あり。最後に観たのは何だったか。もうはっきり言って過去の人というべきスターである。ロッキー・バルボアというボクサーを描いたシリーズの今度こその最終作。原題のタイトルは、その名も「ROCKY BALBOA」。このシリーズは、生活でもリングでも一旦ダウンした男が、もう一度やり直しついには勝利するというパターンである(全作観たという確証は持てないがものの)。今回もそれを踏襲かと思いもしたが、第1作から30年も経っており、スタローンも60歳だそうで、現役では有り得まい、と思いきや・・・。

驚くべきことに最終的に踏襲されている。ただし映画の中で彼の年齢設定は明らかにされていなかった(でも50代と言っていたようにも思えた)。彼は最愛の妻エイドリアンを数年前にガンで亡くし、彼女の名前を付けたイタリアンレストランのオーナーとなっている。今も昔の歴戦の栄光は語り草になっていて衰えてはいない。彼は有名人なのである。レストランも小さいながらも予約を入れられるチャンとした構えのものである。ここには何かにハングリーな雰囲気はない。

映画全体に疲労感と喪失感が漂っている。彼は年相応に老けているし、妻はもういない。息子はサラリーマンとなり、有名な父親とうまく付き合えず一緒に住んでいない。彼は日常に疲労し、何の支えもなく喪失感を持て余しているといった感じで生きている。「世界はみんな壊れちまった」と呟くのはロッキーの義理の兄ポーリーだ。エイドリアンを忘れられないロッキーは、彼女の命日にポーリーと思い出の場所を訪ねて歩く。今は昔の面影もまばらに変わり果ててしまっている。

パートナーロスという言葉がある。伴侶の死を乗り越えられずに、孤独感に耐え切れずに、かなり深いところまで気持ちが落ち込んでしまう症状だ。ロッキーはまさしくそうである。今回のダウンは愛する者を失ったことの喪失感であり、そこからの生還と再生がテーマとなっている。彼は再び戦うことを選ぶ。第1作が愛を獲得するための非常に率直な映画だったのとは対照的だ。思えば、功なり名を遂げているとは言え、スタローン自身の老いと人気の凋落、過去になった栄光とは、あまりに明確にシンクロしてしまう。

ロッキーが50代でボクサーにカムバックして、連戦連勝の若さ全盛期のボクサーに挑戦する様は、一種の敬老精神をもって観なければならないほどのものだが、映画というフィクションの演出力によって、そう不思議なものには思えない。過去のシーンのカットバックの多用は、試合の臨場感を損なっていると感じるが、それなりの迫力はある。ロッキーが最終ラウンドまで対等以上に戦い、判定を待たずにリングを去る時、鳴りやまぬ歓声を背に満場の拍手に応える様子は、ロッキーというよりもスタローン自身万感の思いだろう。俺にはまだ力がある、若いもんにはまだ負けない。人生を取り戻した。しかし、観ている側はここでロッキーに再生と復活を見ながらも、スタローンに有終の美をみてしまうのもまた仕方ないことである。

字幕・林 完治


 ●監督◎シルベスター・スタローン
 ●脚本◎シルベスター・スタローン
 ●音楽◎ビル・コンティ
 ●主演◎シルベスター・スタローン
 ●共演◎バート・ヤング アントニオ・ターヴァー ジェラルディン・ヒューズ マイロ・ヴィンティミリア トニー・バートン

映画見よう見まねへ戻る