崖の上のポニョ

日付:

2008.8.01 /9.05

100%手書きにこだわったアニメだそうで、監督曰く、「電気では本物の感動は起こせない」そうだが、見る限り手書きなのか、電気仕掛け(CG)なのかは判別できない。もし手書きだとするなら、かえって深みや奥行きがなくなり、単なる動画の世界に戻ってしまっただけにも見える。映画は「電影」、電気なくして何の映画哉?こだわりなのか退行なのかわからない。

人間を捨てた科学者(マッドサイエンティスト)フジモトと(女ポセイドンのような)海の女神との間にできた魚娘(さかなむすめ)(?=人魚という言い方はされていない)が、海から逃げ出し、人間の男の子宗介に助けられた。ポニョと名付けられたその魚娘は、宗介のケガをした指をなめて人間に目覚め、宗介を好きになってしまう。フジモトによって海に連れ戻されたが、再び宗介に会いに大津波とともにやってくる。それによって海辺の町は水没してしまう。フジモトは文明をリセットしようと生命のエキス(?)を精製していて、ポニョはそのエキスも同時に開封してしまった。時間軸まで狂い世界はほころび始める。アンデルセンの「人魚姫」をモチーフにしているのだという。「人魚姫」は人間と恋をした人魚の悲しい運命を描いた悲恋ものなのだが、これは主人公を幼児にしたファンタジーになっている。

宮崎アニメといえば、少女と少年と老人が主要な登場人物で、大人たちはあまり精彩がないのだが、ここでも経歴不明の世捨て人のフジモトというポニョの父親は意味あり気なだけ、宗介の母親、ほとんど役割のない父親はいつもの通りだ。

この少年の一家は崖の上に住んでおり、母はデイ・ケアセンターに勤め、父は船乗りで留守がち、1人っ子の宗介は、母の勤めるデイ・ケアセンターの隣の幼稚園に通う5歳の男の子である。この一家は、親と子供の人間関係がなく、互いに呼び捨てである。この関係がどうも気になるのだ。「千と千尋」の親のように豚になるほど愚かではないと思ったら、今度は親を呼び捨てである。上下関係を無効にして、お互いを1人の人間として認め合っていますよとでも言いたげな家族関係は、観ている当方、かなり気恥ずかしい。おもちゃのような家族に見える。

世界観の対立がない。あるとすれば、世界を海に還そうとするフジモトであるが、彼はマッド・サイエンティストだがいわゆる悪人ではない。悪が存在しないため、怖さも生まれない。幼い愛の暴走とも言うべき大津波にしても、人間に甚大な被害をもたらしているのに、人間側は被害者らしくなく、船に乗ってかえって元気である。これは、フジモトによって精製蓄積された原初の生命エネルギーがポニョにより解放された結果、汚れた世界が水によって浄化されたといった気分なのか。しかし、浄化とは裏を返せば破滅なので、(世界がほころび、月は地球に衝突しつつあるという)危機感がない。浄化されるべき大人たちの(人間たちの)文明がそれほど汚れたものであるように見えないのも、洪水の効果を生み出していないと思う。

一番疑問なのは、人間になんかになってどうするつもりなのだろう。人間の素晴らしさが存分に描かれているわけではないので、人間になりたい気持ちがわからない。単純にいえば、「宗介が好きになった」からであるが。「人魚姫」では、王子に恋をして人間になった人魚は、結局王子が隣の国の王女に恋をしてしまうため、恋破れ海の泡(本当は気泡だが)になってしまう。宗介には幼稚園に女友達もいるのだ。2人はこの先わからない。そんな行く末を心配するのは、幼児である少年少女に永遠の愛を語らせてしまっていいのかということである。

ポニョと無数の彼女の妹たちが起こす大津波の描写は、さすがにアニメの効果を十分に使った素晴らしいものだ。どうしても宗介に会いたいポニョは津波に乗ってやってくる。その波が実は大きな魚(水魚というらしい)であらわされている。この描写は北斎・広重の浮世絵を思わせる。ここが問題なのだが、この「水魚の大波」をこの世界の人々は不思議に思わない風なのだ。これは津波の波が魚であることが当然な世界なのか、またはこう見えるのはこのアニメを見ているわれわれだけであって、アニメの世界の人々には大波と見えているのか、どちらかであるはずだ。HPを読んでみると、そのどちらでもなく、「波が魚に見えるのは子どもの宗介だけで、大人はただの大波にしか見えない」とあるのだが、「え!?」、そうするとポニョは大人にはどう見えるのだろうか。デイ・サービスにいる老婆の1人は津波を呼ぶ人面魚だといって気味悪がるが、ほかの人間たちには金魚に見えるらしい。手足が生えてからは(普通の)女の子に見えているようである。

フジモトの計画では、カンブリア紀の時代にこの世界を戻そうとしているぐらいだから、この世界の人間たちが海と共存しているようには思えない。どうもこの世界の構造がよくわからないので困ってしまう。いつもの宮崎アニメだったら、賢者たる老人が世界の解説者であるのだが。今回「老人」たちはデイ・ケアセンターの通所者で、元気なことは元気だが賢者という役回りではない。そうかと思うと、海の女神と宗介の母親はごく自然に話し合っているのである。

正直言うとポニョというトトロ系キャラクターの販促アニメにしか思えない。カンヌ映画祭で観客が♪ポーニョポニョポニョ♪などと口ずさみ、カワイイなどと喜んでいるのは、アキバ系日本文化の広がりなのか、どうも合点がいかない。同時に出品している押井守が、カンヌでこの映画を評して「老人の妄想」とバッサリと言ってのけた。なるほど。以上、思い浮かんだことを順不同に。

 ●監督◎宮崎駿
 ●脚本◎宮崎駿
 ●音楽◎久石譲
 ●主演◎奈良柚莉愛 土井洋輝 
 ●共演◎山口智子 長嶋一茂 天海祐希 所ジョージ 吉行和子 奈良岡朋子
    
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