蟲師(むしし)

日付:2007.04.03

 わからない。この映画、とにかくワカラナイ・ツイテイケナイ。つくっている側は、わかっているのだろうが、観ている側はほとんどわからない。原作マンガを読んでないせいかも知れないが、もしそうならあまりに不親切な作り方である。これではダメでしょう。日本映画はプロデューサー不在だとよく言われるが、モロにその証明みたいな映画で、作り手の誰一人として観客側の立場に立たないため、このような悲劇が起こってしまう。大友克洋が天才なのはわかるが、だからといって傑作を作れるとは限らない。

常闇」という蟲が、ある森の池にいて、その常闇を食うのがギンコという蟲なのだそうだが、これが主人公の名前にもなっていて、その由来も説明がないので話についていけない。虹郎という虹の蛇を追う男が出てくるが、これも正体どころか、なぜ追うのかその理由の説明がないので、話についていけない。登場人物にも話にも脈絡がない。原作にあったエピソードを掻い摘んで取り上げているだけのように見える。

コウミャクという言葉が出てきて、しばらく聞いていると、これは「鉱脈」の事なのだとわかるのだが、しかし鉱脈と蟲や蛇のような虹がどうつながるのか全くわからない。鉱脈⇒龍脈⇒龍⇒蛇、さらに蛇も虹も虫偏なので蟲とつながる・・という風水的連想でも勝手にするしかない。ことによったらいろいろと説明はされていたのかもしれないが、ほとんど言葉による説明で、おまけにセリフの発音が悪くて時に聞き取れない。

」とはもちろん「虫」ではないようだ。では何なのか。これもわからん。蟲の存在が中途半端なので、蟲師という立場がさらにわからない。蟲を退治しようとしているのだろうか。それとも操ろうとしているのか。「陰陽師」や「どろろ」の百鬼丸のようなキャラクターなのか。蟲もVFXによってバーチャルにモヤモヤ、ユラユラしているだけのもので、蟲の世界像とか世界観といえるものはなく、ただそこにいるだけで全くどうということもない。宮崎アニメの「ナウシカ」、「もののけ姫」、「トトロ」に出てきたような森の精霊的な異界を描こうとしているのかもしれないが、全然リアリティを感じない。

ギンコという主人公は、左眼が失われている。この映画を観る前に、「ゲゲゲの鬼太郎」の予告編を観てしまったのがいけなかったのだろうが、ギンコのオダギリ ジョーが鬼太郎(ウェンツ瑛士)に見えて困った。髪はどっちも銀髪だし(・・・ついでに言うと音楽家の坂本龍一にもよく似ている)蟲は結局モノノケなのだから、同じなのではないかと思えてしまうのも笑えない話だ。なぜ大友監督がアニメ化しなかったのかと疑問に思ったが、すでにTVアニメ化されているのである。一度手が付いているものを、実写といえども目先を変えただけの2番煎じでは新鮮味もないではないか。


 ●監督◎大友克洋
 ●原作◎漆原友紀
 ●脚本◎村井さだゆき 大友克洋
 ●音楽◎`島邦明
 ●主演◎オダギリ ジョー
 ●共演◎大森南朋 江角マキコ 蒼井 優 李 麗仙 リリィ(この人は歌手である。LPレコードのアルバム”ダルシマ”は高校時代に買って今でも持っている) 

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