母べえ

日付:

2008.02.01

 吉永小百合は考えてみたら今年で63歳である。えっ!六十三・・・。だから、そのまま小学生の娘の母親を演じるのはかなり無理がある。小学生の孫がいてもおかしくない年齢なのだ。小学生の母ならせいぜい30代だろう。夫役の坂東三津五郎の実年齢(56)でも無理なのだ。浅野忠信(35)の年齢がちょうど良いぐらいである。恩師の妻(吉永小百合)に不器用に想いを寄せる浅野の役は、吉永にとっては息子ほどの歳の開きがあるのだ。しかし、観ている間はあまり不自然に思わなかったのは、演技なのか演出なのか。もっとも、あの頃の昭和の大人(親)は子供にとって、今時の大人とは違い完全に世界が別であったようだし、大人の方もかなり老成していたようだから、このくらいの開きでちょうど釣り合うのかもしれない。

とにかく泣ける「映像」である。こんなことは同監督の「たそがれ清兵衛」以来だった。美術・演技が映像的に完璧といってもいい。行き届いた映像で壊れたところが一切なかった。奔放なものはない代わりに、かといって窮屈な所もない。暗いのではなく深みがある。まさに入魂の映像。平凡な生活のなかの人間の絆の描き方が極上で、目頭が熱くなるような映像の数々である。小学校の卒業式などは、あの当時の生徒に先生といった感じが十分に出ていた。昭和10年代の顔になっていた。

この映画には男女の灰汁(あく)のようなものは一切描かれていなかった。これは避けたのだろうか。居候として転がり込む京都の親戚の叔父さんや町内会の班長との関わりにも、根底には男女の感情(早く言えば下心)はあったに違いない。母ベえは、夫に対しても他の男に対しても、女であるようには描かれていない。それは吉永の実年齢と大きく関係しているのだと思う。性を払拭するためにこういうキャスティングにしたとも思える。この美しい物語が最後まで美しく終われるのは、吉永小百合の演じた人妻が、性に対しては全く鈍感に描かれていることによる。彼女の愛は性を底に持っておらず、あくまで母であり妻である。しかし、人間のみが男女であることを越えることができる、ということもいえなくはない。 

国家以外のものを愛し続けた女性を描ければよかったのだから、むしろ夫の顔は映さなくても良かったのではないか。国に相対する一個人の象徴としてあった方がよかった。戦争反対の言論によって国家に捕らえられた夫は、いわばこの映画の(当時の日本の)良心なのである。国家に剥奪された良心としての戦争反対という思想が、暗喩として成立せずに、単なる悲劇の夫婦関係でしかなくなってしまった。

戦争は背景にあるのみ。それはそれで良いのだろう。この映画では声高に言わないということだろう。しかし、考えてみると映像には感動したが、映画に感動していないことに思い至る。(この映画では、心ならずも)戦地に取られた兵士たちの背後には、このようなエピソードは兵士の数だけ存在したにちがいない。そうであっても日本帝国軍隊の一員として他国を侵略したのである。ここに描かれている戦時下の庶民の生活は、あくまで「誰かの始めた、どこかの戦争」の被害者としての庶民でしかないのである。戦争を担った一員としての視点は見当たらない。

ただ天使のように、囚われの夫の帰還を待ち望む妻を描いただけでは、何も描いたことにはならないのではないだろうか。このような世界視野の狭い視点だと、この映画を海外に出した場合(実際ベルリン映画祭に出品された)、「そうね、大変だったわね。でも、もっと大変な思いをした人々を私たちは知っている。」ぐらいの批評しかされないのではないだろうか。戦後63年を経て(奇しくも吉永小百合の実齢!)作られた映画にしては、いわゆる美談で終始して世界認識が欠落しているといわれても仕方がないだろう。

ラストの現代編での母べえの臨終の長々しさは余分だろう。成人した娘たちは、女医と美術の先生になっており、これもチグハグな印象だった。「夫と天国で再会するより、この世で一緒に生きたかった。」というような、この期に及んでの感傷は無用だし、朗読めいたナレーションも今更いらない。こういう念の入れ方は、せっかく必要なものだけをじっくりと描いてきた作品の真価を損なうものだ。


******* 郵便ポストの名前が、“NOGAMI(野上)”と戦時中でもローマ字(または英語表記)だったのは気になった。敵性語禁止の当時問題なかったのだろうか。特高に難癖を付けられやしないかと気になった。

 ●監督◎山田洋次
 ●脚本◎山田洋次 平松恵美子
 ●原作◎野上照代「父へのレクイエム」
 ●音楽◎冨田勲
 ●主演◎吉永小百合
 ●共演◎坂東三津五郎 浅野忠信 志田未来 佐藤未来 でんでん 檀れい 中村梅之助 笑福亭鶴瓶  


映画見よう見まねへ戻る