JUNO/ジュノ

日付:

2008.07.04

この映画の日本公開直前にアメリカのニュースでこんなのがあった。マサチューセッツ州の十代の女の子たちの「集団妊娠」というか「同時多発妊娠」というかが発覚したというものだ。相手は同級生だったりホームレスの男だったりしたという。一緒に産めばコワくないとでも思ったのか。みんなで一緒に育てようと協定を結んでいたんだそうだ。この映画を真似たわけではもちろんないであろうが、子供を作物か何かと勘違いしていないか?邪教もののB級映画みたいで、なんだか気持がワルイ話だ。「女は産む機械だ」といってしまって辞任した大臣がいたが、こういうことがあるとなんだかそれを自ら証明してしまっているようなものではないか。

ジュノは16歳。集団妊娠の女の子たちと同年齢である。彼女はあまりパッとしない同級生のポーリーと試しにセックスを一回しただけで(普通は避妊するはずだが)妊娠してしまった。彼女の場合は、育てるつもりは毛頭なく一度は堕ろそうと決心して産科に行くが、医院の前で中絶反対派の女の子に「おなかの子どもはもう爪も生えている」と言われ、怖くなって止める。親に相談もしないまま親友と一緒に里親探しを始め、里親を探してしまう。このあたりの行動を自立的と言っていいのかどうか判断しかねる。困れば殺人を含めて相当のことをやってしまう年代である。POPな音楽とともに現代アメリカの少年少女の生態を、こんなライトなノリで描かれても、実は反応に困るのが正直なところである。

驚いたのは16歳の娘の妊娠を知らされても、両親(父親は実の、母親は義理の)は驚きはするがさして困惑しないことだ。描かれ方があまり親という役割を信用していないように感じられる。これは、ジュノのお腹の子の里親にも言えて、その里親は幸いにも裕福な仲の良い若夫婦なのだが、子どもができない夫婦である。妻はキャリア・ウーマンとして成功していて、自分に満足しているが、母親でないことに欠落感を感じている。夫の方は商業音楽家なのだが、自分の現実に満足していない、大人になれない男である。大人になれないので親になるのも自信がない。つまり最初から親にはなれない男なのである。この優男、ジュノに会っているうちにB級ホラーやロックといった趣味が合い、かなり「親密」になっていきそうになるのがちょっとハラハラさせられる。この気持ちのすれ違いから、この里親は生まれた子を引き取る前に別れてしまう。

臨月も近いのに、おまけに16歳で、つまり無免許で自動車を運転したらダメじゃないか!せめて親友の女の子に頼めよ。困ったことにそれを知った父親も全く動じない。どこに行ってきたんだと聞いただけである。けじめや規範というものが存在せず、何でもありな放任社会を感じさせ、16歳の娘がお試しセックスで妊娠して、引き取り手を自分で探してきてしまうのも、父親としては「あり得ること」なのかもしれない。

センチメンタリズムの不在。こういう話では、土壇場で親心に目覚め、里親に赤ちゃんを渡すのを拒み、やはり自分で育てていこうと決心するという美談(●●)に終わるのだが、そうはならないのは意外である。あくまで現実的に、約束通り「あなたの赤ちゃん」として、里親(離婚してしまったので女親のみ)に渡すのである。この場面、図らずも生まれた赤ちゃんに幸運な「所有者」が現れたように思える。ジュノの出産シーンは、まるで牧場の馬の出産をみんなで見守るようなものだった。人間の妊娠・出産がこういう形でいいのか。素直に喜べない。命に対するセンチメンタリズムの欠如とはこういうところである。

字幕・松浦美奈


 ●監督◎ジェイソン・ライトマン
 ●脚本◎ ディアプロ・コディ 
 ●音楽◎マティオ・メシナ
 ●主演◎エレン・ペイジ
 ●共演◎マイケル・セラ ジャニファー・ガーナー ジェイソン・ベイトマン アリソン・ジャネイ J・Kシモンズ   
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