ハプニング

日付:

2008.8.01

アメリカで起きているミツバチ大量消失 ―「ミツバチ崩壊症候群(CCD)」が最近ニュースになったばかりだ。「ミツバチがもし、地球の表面から消え去ったら、人間は4年も生きてはいけないでしょう。どのようなミツバチも、どのような受粉も、どのような植物も、どのような動物も、どのような人も。」この言葉は、かのアルバート・アインシュタインによるものである。科学的根拠が分からないどころか意味自体不明だが、発言者が発言者だけに不気味な予言である。人間もミツバチの群れのように群れとして崩壊し始めているというのだろうか。人間には天敵がいない。自然界は最後通牒として、人間そのものを淘汰し始めたのか?

ある朝のセントラルパーク、人々が突然自殺し始める。ドンドンというかバンバンというか、人間が死んでゆく光景は、ゴダールの「ウィークエンド」のようである。とすれば文明批評として観ることもできる。もしかして生物というのは、(恐竜の絶滅にしても)自然界の(地球環境の)臨界点を超えれば、自滅していくようにDNAにプログラミングされているのではないかとも。生物の進化とはそれ(●●)まで(●●)含んで(●●●)()進化であるというような。

自然界が人間に逆襲し始めるというのは、ヒッチコックの「鳥」を、あるいは、小松左京の終末SFの傑作「復活の日」(映画版は別物として)を思わせもする。この映画は、植物が毒素を振り撒き、人類を襲い始めるという設定(らしい)なのだが、これがそもそも映画的ではない。「毒素」では恐怖の本体が映像化できないからだ。植物によって振り撒かれる「毒素」というか「自殺菌」というかの恐怖から逃げ惑う人々を延々と描いて、一応退屈はしないようなつくりになっているものの、手を変え品を変えの逃げるだけの描写にはやはり限界があると言わざるを得ない。しまいにはイライラしてくる。

シャラマン監督は、無理にでも最後にどんでん返しを用意するのが通例だが、この程度の「オチ」では、われわれは単なる思い付き(妄想)に付き合わされたと思われても仕方ない。もっと呆れるほどバカバカしいオチが真面目に用意されていると期待していたのである。しかし考えてみれば、現実に起きているミツバチの失踪現象が引用されていなければ、この話自体かなりバカバカしいものである。一種のロード・ムービーだとも思えるが、その場合は「救済」がゴールでなければならない。

人類の破滅を扱ってこの題名、「ハプニング」はいかにも軽い。映画を観終わってトイレに入ったら、誰かの話声が聞こえてきた「この程度だったら俺にも作れるな。」・・・反論できない。

字幕・松浦美奈


 ●監督◎M・ナイト・シャラマン
 ●脚本◎M・ナイト・シャラマン
 ●音楽◎ジェームス・ニュートン・ハワード
 ●主演◎マーク・ウォルバーグ
 ●共演◎ズーイー・デシャネル ジョン・レグザモ アシュリン・サンチェス スペンサー・ブレスリン ベティ・バックリー 
    
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