地球交響曲 ガイアシンフォニー 第2番

日付:

2008.4.20

地球といっても「ガイア」(大地の女神)であって、「アース」ではないところがこの映画のポイントかもしれない。生命体としての地球・・・ガイアである。母なる地球という意味でもあるだろう。1995年製作。各地でホールなどで自主上映されている。この監督はNHKのかつてディレクターで、当時の人気ロックバンド「キャロル」のTVドキュメンタリー製作をめぐって、NHKと対立して辞職したのだと記憶する。その時マンガ評論家の小野耕世も一緒に辞職したのは今回初めて知った。

海洋冒険家ジャック・マイヨールの禅的世界、地球外知的生命探査研究所所長フランク・ドレイクの「宇宙人としての地球人」、今話題のチベット仏教の法王ダライ・ラマ14世の人類共生への祈り、「森のイスキア」と呼ばれる癒しの場を主宰する佐藤初女(はつめ)の生命の讃歌。この4人の人間と文明についての考え方を辿りながら、人間はこの地球の「どこ」にいればいいのかという問いが投げかけられる。

この中で一番長いのは、佐藤初女という聞いたことのない日本のおばあさんのエピソードである。そのせいか印象もいちばん深い。イスキアとは何だろう。イタリアの島の名前で、満ち足りた生活を省みるためにその司祭館に青年が滞在したというエピソードに因むという。・・・といっても「森のイスキア」という教会のような場所の役割が具体的に紹介されるわけではない。

子供のころ結核を患い、死を宣告され、その後も長い闘病生活を余儀なくされた経験を持つ彼女は、与えられた「いのち」に感謝する。四季の果実を愛でるように収穫し、料理する姿(自家製梅干しの入ったおにぎりは実に美味そうパブロフの犬)に感銘を覚えるのは、貨幣や労働や資本といった現代の経済システムから自律しているからだろう。

生命とは大自然のみであるという主張が、科としての球や人間のとらえ方よりも、さらに人間精神(こころ)に根ざしたものを感じさせる。人間の究極の本性は、「慈悲」と「利他」の心というダライ・ラマの言葉は、人間が他の動物と違うのは、知性や理性をもつということよりも、より大きな意味での「福祉」という思想を持てることにあるのだろう。

さまざまのエピソードのすべてが、身近な自然からはるか宇宙にまで、ミクロ・コスモスからマクロ・コスモスへ、つまり大自然に囲まれている。「宇宙律」、「自然律」といったことば、さらには「人間はもの思う葦である」というパスカルのことばなど思い浮かぶ。またまたいえば、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」にも通ずる。エコロジー啓発を目指した一種の哲学的映像ドキュメンタリー。


 ●監督◎龍村仁
 ●監修◎稲森和夫
 ●音楽◎安藤賢次
 ●出演◎ジャック・マイヨール ダライ・ラマ14世 フランク・ドレイク 佐藤初女
 ●声の共演◎木内みどり 榎木孝明(ナレーション) 中村嘉津葎雄 三国連太郎
    
映画見よう見まねへ戻る