EX MACHINA エクスマキナ

日付:

2007.11.02

同じ原作者(士郎正宗)のマンガのアニメ化で、文学的に真っ黒な押井守の「攻殻機動隊」に比べると、あまりにも影がない。押井の作品では、体制側にいて主に銃火器を扱う人間をマニアックに描きながら、自らが属する体制(組織)に対する不信や自嘲が呟かれていたのに対して、同じような設定のこの戦闘アニメにはそれがない。画面が明る過ぎ、登場人物たちにも翳りがないのだ。大袈裟にいうと文明の憂鬱や疲労といったものが感じられない。

「フェイス/オフ」、「ブロークン・アロー」の監督ジョン・ウーがプロデュースに参加した今回の作品(「アップルシード」の続編にあたる)は、彼の大好きな2丁拳銃の乱れ撃ちもふんだんに取り入れられている(鳩は出てきたのか?印象にない)。しかし、ガンファイトの大盤振る舞いとは裏腹に、肝心のサイボーグや携帯電子機器に端を発する人間の反乱は、どうも単純である。洋上の反乱の中枢における大バトルは「マトリックス・レボリューションズ」の影響をかなり受けていると感じた。

個体差を無くすことによって人間間の争いごとを失くしてしまおうという子供じみた発想を大真面目に主張する天才科学者などは、大仰なだけではっきりいってちょっと幼稚ではないか。もしそうしたいのなら、変な電子機器を使わずとも、人間同士の世代交代を制限して純人間をバイオロイドに替えて行けばいい。またはバイオロイドと人間の交配進めればいいのだ。

非核戦争後の理想都市オリュンポスで描かれる社会または世界は、女系社会ともいうべきもので、社会的指導者は(バイオロイドの)女性である。これがいわゆるタカラズカ的な潔癖さを感じさせ、男性的なものへの不信も含まれているように見える。さらに性を超越した中性的(ノンセックス)なものを感じさせる。・・・「バイオロイド」とは人間の遺伝子から作られているが、感情をあらかじめDNAレベルで制御された人工人間のことである。

感情を制御という言葉からは、S・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」を思い起こさせる。外見は瑞々しいオレンジ(人間)だが、中身は人工的に制御されている。ここではバイオロイドは、サイボーグと人間との間に位置して、社会的緩衝としての役割を持っている。遺伝的に能力が保障され、常に冷静なので管理者に向いているのだろう。しかしここにある味気なさも生まれる。科学信仰はそのままに、人間不信からくる人間文明の否定といった感じもする。チラシには、「エクスマキナ」とはデウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)からきている、とある。しかし、内容にそれらしいものは見当たらない。「機械仕掛け」という言葉から連想するように、オリュンポスそのものを反人間主義の象徴として批判的に取り扱っているようにも見えない。

人間の女性であるデュナンと恋人のサイボーグ戦士ブリアリオスの関係は、デジタルな「美女と野獣」とでもいうべきところだが、肉体的な性愛は無視されている。2人は連帯感のみでつながり、あくまで精神的な愛が成り立っている。これが崩れることはない。これもタカラズカ的な人工世界を思わせる。無生殖的(ノンセックス)であることは、プラトニックと言ってもいいのだろうか?愛とは言いながら、そこにエロスは感じない。「ある味気なさ」とはこのことかもしれない。


 ●プロデューサー◎ジョン・ウー
 ●監督◎荒牧伸志
 ●脚本◎たけうちきよと
 ●原作◎士郎正宗
 ●音楽監修◎細野晴臣
 ●CGプロデューサー◎豊嶋勇作
 ●主演(声)◎小林愛
 ●共演(声)◎山寺宏一 岸祐二 沢城みゆき 五十嵐麗 高島雅羅 土師孝也
    
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