ダイ・ハード4.0

日付:

2007.07.22

「9・11」以後アメリカは、国家の資産をテロから守るために、社会の中枢である交通・通信・金融がシステムダウンすると、自動的にある場所に主要な資産データが、緊急避難的にバックアップされるシステムを開発した(らしい。・・・が、かえって危険じゃないか?)。そこに全米のネットワークをダウンさせて、全データの極秘の退避所とされている発電所から、集まったデータをそっくり頂いてしまおうというまったくお利口サイバーなテロ集団が現れる(ホラホラ、だから言わんこっちゃない)。

とうとうジョン・マクレーン刑事もF−35ジェット戦闘機と素手で戦うまでにエスカレートしてしまった。スケールアップは仕方ないにしても、かつてのシュワルツネッガー、スタローン映画とどこが違うの?というところまで来てしまっている。むしろ、B・ウィリスには「16ブロック」の方にダイ・ハードらしさを見た。もっともウィリスが刑事をやれば、ジョン・マクレーンにしか見えないものすでに事実であるし、おまけに容疑者を護送するだけのはずが、とんでもない事件に巻き込まれてしまうのは、奇しくも同じ設定である。容疑者はテロ組織に、それとは知らずに利用された天才ハッカーで、この男とコンビを組みながらテロに立ち向かう。(注)

敵も味方もタフ過ぎて、自動車に追突されてもすぐ立ち上がるし、ヘリコプターから落ちても歩いている(!)。ゾンビかね、彼らは。とても生身の人間業じゃない。第1作にあったような、裸足で割れたガラスの上を走るような「痛さ」は全くない。生身の肉体を置き忘れたスーパー・ヒーローとなってしまった。タイトルの由来は「なかなか死なない奴」という意味だが、こうなると「絶対に死なない奴」というしかない。マクレーンの通った跡はターミネーター並みの破壊に継ぐ破壊で、大地震もかくやの膨大な埋め立てゴミの山また山である。

観ている間は確かに面白い。息も継がせないからだ。しかしそれをサービスと感じてしまうと一気に興覚めとなる。偶然の多用が目立ち、それがすべて主人公に味方している。最も運の悪い奴だったはずが、運がいい奴になっているじゃないか。相棒のハッカーに、身の上を愚痴るように言って聞かせるのは、「誰に頼まれたわけでもないのに、こうして世のために動くはめになるのは、俺がやらなきゃ誰もやらないからだ。好きでやっているわけじゃない。しかし、こんなバカが世の中に1人ぐらいいたっていいじゃないか。」なんていう、北島三郎の任侠演歌みたいな英雄論である。こんなことを延々話す男じゃなかった。

主人公が死なないと保証されていては、ハラハラドキドキするわけがない。面白いと感じるのは、スケールの大きさに対して感心したり、驚いたり(呆れたり)しているに過ぎない。想像力ではなく、計算によってつくられたアクロバットに見えてしまう。満漢全席であることは認めるけれども、観客は映画を観たいのであり、サービスを受けたいわけではないのである。

邦題の「4.0」の小数点はどういう意味なのだ?原題は“LIVE FREE OR DIE HARD”である。

 字幕ライター未確認


(注)テロの首領の名はガブリエルというのだが、映画「ソードフィッシュ」でも同じ名前のテロリストが登場している。大天使ガブリエルは、テロリストの名前としては相性がいいらしい。

 ●監督◎レン・ワイズマン
 ●脚本◎マーク・ボンバック
 ●音楽◎マルコ・ベルトラミ
 ●主演◎ブルース・ウィリス
 ●共演◎ジャスティン・ロング ティモシー・オリファント クリフ・カーティス マギー・Q メアリー・エリザベス・ウィンステッド
    
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