ダークナイト

日付:

2008.8.30

この作品が「バットマン・ビギンズ」の続編だとは思わなかった。タイトルにもそのことはワザとなのかうたっていない。評判のジョーカー役、ヒース・レジャーは最初から例の口裂けメイクで、最後まで素顔がわからず(そもそも「ブロークバック・マウンテン」を観ていないので知らないのだが)、当方、ジョニー・ディップに見えて仕方がない。またある場面では、セリフを喋りながらの体の揺すり方など、若き日のマーロン・ブランドとも思えてしまう。ティム・バートン版の「バットマン」でジャック・ニコルソンが演じたジョーカーは、一目瞭然で素顔がわかったが、ここまで素顔をさらさないのは演出意図なのだろうか。主役のバットマン=クリスチャン・ベイルは完全に受け身にまわっている。強烈と言えばその通りだが、どこか絵に描いたような印象もないではない。彼の刹那的狂気が圧倒的とは思えなかった。途中でこの映画ちょっと長過ぎるな(152分もあるのだ)とも思ったりもした。

能力礼賛。パワー礼賛。正義礼賛。それも金に飽かせた正義の行使である。金を使うこと湯水のごとし、それによってのみ行使され得る正義。ここで描かれるのは、無能なまたは無力な者は誰かに支配されるしかない世界である。手間のかかる法律などは、結局隅に追いやられてしまう。バットマンもジョーカーも治外法権のキャラクターなのだ。庶民には手の届かない所に行ってしまった「正義」にため息をつくしかない。しかし正義はナントカ「人間業(にんげんわざ)」であって欲しいものだ。(これを人間の「(ごう)」と読めればなお良いのだが。)

主人公だけではない。これでもかこれでもかの金に飽かせたパニック・アクションの大盤振る舞いに観る方はタジタジかつクタクタとなる。特に中盤の見せ場である巨大タンクローリーの大縦転(横転ではない!)シーンに至るまで。てっきりCG映像かと思ったら実写だそうだ。ここで問題になるのが、見ている方がCG映像だと思ってしまうのは見方が逆転してしまっている。本来ならば、「てっきり実写だと思って見ていたのが実はCGだった」でなければならない。CGが実写に見紛うまでに進歩してしまったせいである。こうなると映像そのものに対して信頼できなくなる。「バットマン」映画において、果たしてここまでやる必要があったのか。

昔々、「共産主義」という妖怪が世界を席巻したことがあったが、今世紀に入っては・・・アメリカの金融資本主義の権化、強欲妖怪「サブプライム」が全世界を席巻した。しかし公開時点で9月のリーマン・ブラザースの経営破たんを知る由もない。大量消費文明のトップを一手に引き受けて走ってきたアメリカでは、物語すらも消費されるのみ。消費こそが資本主義なのである。そして、ただひたすらに巨大化するしかないのだ。一時流行したメガサイズのハンバーガーだ。***今では(11月現在)アメリカの最後の花火といった有終の美を見る感じもする。

字幕・石田泰子


 ●監督◎クリストファー・ノーラン
 ●キャラクター原作◎ボブ・ケイン
 ●脚本◎クリストファー・ノーラン ジョナサン・ノーラン
 ●音楽◎ジェームス・ニュートン・ハワード ハンス・ジマー
 ●主演◎クリスチャン・ベイル
 ●共演◎マイケル・ケイン ヒース・レジャー モーガン・フリーマン アーロン・エッカート
       ゲーリー・オールドマン マギー・ギレンホール  エリック・ロバーツ  
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