大日本人
日付:

2007.06.22

映画の破壊を目指したフェイクでシュールな作品だ。松本人志というお笑い芸人についてほとんど知らない。本も読んでないし、彼が浜田雅功とコンビを組んでいる「ダウンタウン」が出演しているTV番組も見たことはない。だから彼の芸風というものも全く知らない。製作過程が徹底的な秘密主義で、おおよそのストーリーさえ全くわからないまま観ている。さしずめ「ゴジラ」が公開まで秘密にされ、「G」作品と呼ばれたように。

最初はテレビの撮影クルーが「大佐藤」という名前の男性の密着取材をしている様子が、そのまま延々と写される。この風采の上がらない長髪の男は一体何者だろう、と思わせる。やがて携帯で指令が来て、「電変所」とかいう発電所の廃墟みたいな施設に向かう。道々には彼の悪口雑言が書きまくられた落書き、立て看が夥しい。中には自衛隊員が。

大佐藤が電変して「大日本人」になり、「締メルノ獣」がビルを締め上げて川に投げ落としている場面を観たとき、この映画はイケるかもしれないと思った。体は「天空の城ラピュタ」のロボットを思わせ、吉本の漫才師の顔をした獣と、仁王のように感電して髪が逆立ったままの「大日本人」のこれまた奇妙な造形。いままでの疑似ドキュメンタリー調(フェイク)から、怪獣退治という荒唐無稽に一気に変わる落差(シュール)。しかし、落差はあっても断層になっていない。あくまで地続きになっている。嗚呼、こういう世界なのか、と妙に納得した。

大日本人」とは、全く国民に応援されないスーパー・ヒーローなのである。スーパー・ヒーローというのは、ボランティアに徹して人々を守るのが本来像であろう。これをいわゆる「正義の味方」という。しかし、彼は国から20万、体にスポンサーの広告を入れて30万、計約50万の月々の収入があるらしい。そして「大佐藤家」という代々続いた「大日本人」の家柄で、電流を乳首から通電すると「大日本人」に変身(電変)してしまうのである。

「大日本人」は、時折突然現れる「獣(じゅう)」と呼ばれる巨大生物を駆除する「仕事」に、公務員的に代々専従している遺伝体質的巨人なのである。獣の命名の由来や生態が、その度大時代的な口調でアナウンスされるが、役所の古い公文書のような胡散臭さが面白い。「跳ネルノ獣」「睨ムノ獣」「童ノ獣」「匂ウノ獣」などの漠然とした目的なき出現を棍棒一本、パンツ一丁で迎え撃つ。ある時、隣の「北」の半島付近からTEPODONみたいな赤い獣が現れ、彼はまったく歯が立たずに鼻血を出して逃げてしまう。この見っとも無さが笑える。

報酬をもらって(おまけに月給という世知辛さ)、かつ世襲制の超人というのが意表を突いている。彼は日常(ケ)化したおそらく初めてのスーパー・ヒーローであろう。非日常(ハレ)を失くしたスーパー・ヒーローなのである。巨大獣撃退という晴れの舞台がない。一応、「大日本人」化する際は、神道式のハレの儀式を行っているが、単なる形式にすぎないのは本人が一番よく知っている。彼にとっては白昼夢の中にいるようなもので、雄姿というより困惑とか茫然とかいった形容がふさわしい。彼の活躍(というよりは活動)を放送する番組も、今では人気は低迷し深夜番組枠になり下がり、マネージャーにも嫌味を言われ続けている。正義の超人が敵相手に暴れまわってそこいら中を破壊し、人々から訴訟を起こされるというアニメ「MR.インクレディブル」を思い出す。

もう一つは、一般大衆にとって「大日本人」は、いわゆる「異人」に他ならない。ある種の羨望または蔑みを含んだ視線で見られる芸(能)人と同様なのだ。松本人志という人は、たぶん志をもった非常に生真面目(ストイック)な芸人なのだと思う。「おれは一般人ではない」という独特の自負を持つがゆえに、多くの衆愚的一般大衆には理解されない孤高の英雄の憂鬱を表わしているように思う。さらにはそこに天皇制を見る人もいるに違いない。

赤い獣が再び現れて窮地に陥った「大日本人」に、突然「スーパージャスティス」一家なる超人家族が現れ、赤い獣を相当乱暴に粉砕してしまう。ここからこの映画の世界は、なぜか映像加工前の特撮セット撮影現場になってしまう。登場人物たちはみんな安っぽい着グルミなのである。映画の中では「実写」と言っているが、意識的な楽屋落ちだ。この嘘っぱちな世界の化けの皮が剥がれる場面だ。冒頭に言った世界の破壊である。そこから一応曲りなりにも空を飛んで帰宅、「大日本人」も片隅に加えて大阪弁で延々と続く、一家の獣退治の反省会は、説教好きなジャスティス母の独壇場である。助けられた「大日本人」は、小さくなって聞いているしかない。

スーパージャスティス一家は、いわゆるウルトラマンタイプのお子様向けスーパー・ヒーローで、そのキンキラキンは、大阪弁でありながらアメリカを思わせる。憲法第9条とか、自衛隊海外派遣、集団的自衛権や安保などのごちゃごちゃした政治問題を風刺的にいろいろ想起させ、いままでの全体のトーンとはかなり異質で、このシーンだけ見ればクドクド続く説教口調にお笑い番組的な面白さはあるが(実際こんなん説教されたらかなわんワ)、これを映画でやる必要があったのだろうか。TVのコント番組なら別だが、この映画としての終わり方には賛否があるだろう。映画には、コマーシャルも入らなければ、次週の予告もないのだ。これが松本人志的感覚なのか。


 ●監督◎松本人志
 ●企画◎松本人志
 ●脚本◎松本人志 高須光聖
 ●音楽◎テイ・トウワ
 ●主演◎松本人志
 ●共演◎UA 竹内 力 青空はるか 板尾創路 神木隆之介 街田しおん
    
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