俺は、君のためにこそ死ににゆく

日付:2007.06.01

太平洋戦争末期、猛攻に継ぐ猛攻のアメリカと劣勢に継ぐ劣勢の日本の戦局。アメリカと日本は物量対観念の戦いになってしまっている。物量という現実に、観念という思い込みが勝利できるわけはない。しかし観念は物量と違って無尽蔵である。無限のバリエーションが可能なばかりか、人間の精神も左右することができる。そこから生み出された奇妙な論理が「特攻」である。進退きわまった日本軍は、自国の軍人を殺し始めた。志願の形を取った自殺だが、本質的には国が命じた戦死となる。「志願」兵には選択の余地は最初からない。

特攻基地の知覧から多数の隊員たちを送り出した鳥濱トメという食堂の女主人の話が中心のはずだが、映画が進むに従って特攻隊そのものの話になってしまう。特攻隊員の数々のエピソードが語られていくのだが、単なる羅列に過ぎないため散漫で感動には程遠い。トメ演ずる岸惠子の鹿児島弁のナレーションの呑気な語り口は、この映画に対して違和感しか生んでいない。

唯一興味深かったのは、何度出撃しても何か理由をつけて戻ってきてしまう田端という隊員のエピソードで、レーダーで追跡されているわけではないのだからどこかに降りて逃亡してしまえばいいようなものだが、不忠者と罵られても、そこまでの不誠実さはない。遂に何回目かの出撃で見送る人々の目前で自爆してしまう。一種のシラケを描くことによって、特攻という熱病状態を批判しているのだが(田端を演ずる筒井道隆はその柄にあっている)、この話は手塚治虫の「ザ・クレーター」という傑作連作短編集のなかの「墜落機」という作品によく似ている。手塚も特攻隊のエピソードを参考に描いたのかもしれないのだが。

戦死という、今はありえない、あまりに重い死。束の間に生きただけの人生。彼らの死は戦後日本にとってどれだけの意味があったのだろうか。「死んだら靖国の鳥居の2本目の桜の木の下に集合」とかいって出撃していくのだが、本当にそういうことができると信じていたのだろうか。この幼さは果てしもなく哀しいものだ。いやそう信じねば死ねなかった。彼らには死ににいくしか道は残されてはいなかった。

青年が死地に赴くには、せめて壮大な悲愴観が必要だろう。行き遅れた特攻隊員坂東が、ようやく出撃して沖縄の上空で見た雲の間に出現するアメリカ軍艦隊のあまりの物量的威容。艦上から発射され上空で爆裂する無数の砲弾の黒煙の非人間的な、しかし荘厳ともいえる一瞬の終末的光景。このスペクタクルはたしかにVFXの勝利である。

出撃に際して「同期の桜」が大音量でバックに流れた時は、気持ちは分からないではないが、時代錯誤的臆面もなさに正直ちょっと驚いた(あきれた)。こういうことをしないで作るのが現代映画というものでしょう。それと太平洋戦争の大義を欧米列強からのアジア解放(五族協和というお題目はたしかにあった)とする反白人主義を、堂々と「映画で主張して」、自決する大西瀧治郎海軍中将にも驚いた。この人物を描いた映画では、山下耕作監督、鶴田浩二主演の「あヽ決戦航空隊」が印象に残っている。

平和と民主主義によって、個人という単位にバラバラに分断された美しい国日本。命を懸けるものがないこの世は、懸ける「命」そのものがない世なのだろうか。国体という幻想が、いま再びバラバラな個人を結び付ける観念として復活の兆しを見せ始めているのをどうとらえればいいのだろうか。やっぱり平和は無理なのか、などと思いは広がるものの、映画自体は涙腺を刺激するほどのものはなかった。

新城 卓という監督は、沖縄出身で「オキナワの少年」がデビュー作だったと記憶している。むしろ大戦中は日本本土からの被害を被った側の人だと思う。特攻隊の中に沖縄出身者でもいればともかく、特攻隊的心情とは最も遠い所にいるように思う。韓国出身の隊員はいるにはいたが、特攻を批判するのではなく、むしろ支えるために出ているようにしか見えない。なぜ特攻隊映画を撮ったのか、最初から不思議な起用である。製作総指揮が現東京都知事と同姓同名(^_^;)の石原慎太郎で、彼の原作・脚本の「秘祭」という映画の監督が新城なのでそのつながりなのだろう。


 ●監督◎新城 卓
 ●脚本◎石原慎太郎
 ●特撮監督◎佛田 洋
 ●音楽◎佐藤直紀
 ●主演◎徳重 聡(この俳優、印象薄い。他の登場人物と何度も間違えた) 窪塚洋介 筒井道隆 岸 惠子
 ●共演◎伊武雅刀 勝野 洋 石橋蓮司 戸田菜穂 前川泰之 遠藤憲一
    
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