30(スリーハンドレッド)

日付:

2007.07.06

 膨大なペルシャ軍から繰り出される様々な兵器を見て「ロード・オブ・ザ・リング」を思い出した。ペルシャ軍には多くのフリークスが登場する。未開・異界・邪教の象徴としてフリークス(奇形者)を頻繁に登場させるのはこの種の映画の常道である。紀元前480年ころのペルシャ・アケメネス朝の王クセルクセスはイスラム教かと思ったが、そんなことはない。調べたらゾロアスター教である。(考えてみればイスラム教の発生が紀元前ということはない。)

 クセルクセス王からしてバサラ(婆裟羅)といえるほど満艦飾の肉体装飾フリーク。戦艦みたいな輿に乗るその姿は、まるでSFのサイボーグである。あるいはカブキかオペラの登場人物とさえ思える。画一的な300人のスパルタン・ソルジャーより、このペルシャの王にこの世ならぬ超俗的倒錯的面白さを感じた。ある意味確かに神々しいのだ。質実剛健とか謹厳実直といった人間の正当的側面と正反対の悪の花道をゆく禍々しさがある。

 服従を嫌い、神の託宣に背いて、独断でペルシャとの戦いに赴いたギリシャの都市国家スパルタの王レオニダス。300人の私設軍隊をともなって、100万人(実際には21万人らしい)の敵とテルモピュライで対することになる。「7人の侍」ならぬ「300人の侍」なのだが、それらの個性を描き分けることはどんなメディアを使っても到底無理である。没個性的なのは仕方がない。だからペルシャ軍側の仮面部隊あり、巨獣兵器、巨人兵あり、酒池肉林あり、内通者ありの豪華絢爛大風呂敷的陣容に魅かれた。

 映画の眼目は、愛国や自主独立の精神とかそういうものではなく、あくまで劇画的な連続バトルの一部始終であろう。勇猛さは極端にスタイリッシュに誇張され、デジタル化されている。どこまで実写で撮られたのかわからないが、画像的にはかなり加工されていると思う。この加工の度合いが多ければ多いほど、生身の人間の肉体表現から離れていくようで、スペクタクルではあっても、人間の息遣いといったものが感じられなかった。飛び散る血潮や死屍累々たる屍にも特に悲愴感や残酷さは感じなかった。どちらかといえばスポーティな感じさえする。

 同じ原作者の全くの架空の話「シン・シティ」のビジュアルの新鮮さと比べると、根も葉もない話は、いくら映像的に装飾しても、さらに根も葉もないものになっていくだけなのだが、史実を映像的に加工するには、ある程度の人間の肉体的存在感が必要であり、まったくの劇画であっては逆にドラマのリアリティを損なってしまうのではないだろうか。しかし、ここまで徹底されてしまうとそれも計算のうちなのかもしれないとも思える。

 テルモピュライの戦いは、イラク戦争に疲労困憊しつつあるアメリカ軍と対比せざるを得ない。イラク戦争に肯定的とでも、否定的とでもとれるのだが、国民の意に背いて自軍のイラク駐留を続けるアメリカの王ブッシュとスパルタ王を重ね合わせることは可能である。さらにペルシャ軍をイスラム勢力とも。              

字幕・林 完治


 ●監督◎ザック・スナイダー
 ●原作◎フランク・ミラー/リン・バーリーのグラフィック・ノベルより
 ●脚本◎ザック・スナイダー カート・ジョンスタッド マイケル・B・ゴードン
 ●音楽◎タイラー・ベイツ
 ●主演◎ジェラルド・バトラー
 ●共演◎レナ・ヘディー ディビッド・ウェナム ドミニク・ウェスト ロドリゴ・サントロasクセルクセス王
    
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