2002年6月から2003年2月

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 日付: 移行日2003.05.19

平成4月20日より

 東野圭吾「白夜行」読了。大河物語。
 村上龍「五分後の世界」読了。
 小松左京の短編集「くだんのはは」読了。
 筒井康隆「敵」読了。老後はかくありたい。「パプリカ」読了。七瀬シリーズを思い出す。「朝のガスパール」読了。

6月19日
 今までも思わなかったわけではないのだが禁煙しようと思いつく。
この一箱が終わったら、すぐに禁煙しよう。
食事の後の一服以外は絶対吸わない。
1時間に1本ずつにして節煙する。
酒を飲みながらタバコは吸わない。
 以上のようなささやかな目標は極端に言えば1本吸う度に設定する目標であり反省であり後悔である。ちなみに喫煙歴たぶん22年くらい。
 酒は飲まなくても1日持つがタバコは1時間持たない。
失業前は一箱半は吸っていた。失業後もなかなかタバコの量が減らず、仕事上のストレスがない替わりに時間が余るので日常生活の間が(自分に対して)持たない感じになり、タバコから縁が切れなくなっている。家には買ったきり読んでない本がいっぱいあるが1日読書という訳にもいかない。読書というのもある意味でなかなかの苦行であって・・・。

  これは身辺雑記なので思いつくまま、(タバコを吸う替わりに)キーを叩くまま、禁煙生活を綴ってみよう。
 タバコをやめるということは、当然これから一生吸わないということである。そう思うと大事な荷物を今ここにおいて遠くへ旅立つような実に残念な無念な気持ちになってしまう。取り返しの付かない重大な決定を今してしまったかのような深刻な気分にもなる。
 タバコを吸うことで得られる気分の快楽は、何者にも換えがたい。一種の逃避行為であることは間違いなくその通りなのだが、逃避することによって一時的に何かから放免される安堵感がたまらない。
6月20日
 禁煙設定日。朝10時ごろ。
 禁煙するにはまず
@その旨を周りの家族友人に告げて、禁煙が周知の事実であることにする。
Aガムや飴などを用意し、タバコを咥えないことによる口寂しさの代替とする。
B食事の後はじっとしていないで散歩するなりして、タバコから他の方へ意識を向ける。
 など約束事があるらしい。私の予備知識は以上のものである。まず@は告げないことにする。但し聞かれたら禁煙中であることを知らせる。わざわざ言うのもなんだか照れくさい。しかし決心はしている。ABはそのまま実行。
6月22日
 今日で禁煙3日目。飴玉とガム、焼酎を少々。体重が増えすぎているため毎日のご飯は一杯に制限しているので、節食と禁煙が同時進行。今までのように腹いっぱい食べると食欲を満足させたという達成感が生まれ、その気分的高揚を安堵させるために余計タバコが欲しくなる。食事制限はちょうど良いかも。6月24日から韓国に一週間行く。従妹の家に。旅行による過大なストレスが掛かると不安である。

 しかし韓国でもタバコは吸わなかった。帰ってきてからも吸ってはいない。あそこは食い物が美味くて困る。何を食っても旨いので太ってしまう。JSAにも行く。

 篠田節子「聖域」読了。凄い筆力。
 田口ランディ「コンセント」読了。そこらのSF小説など敵わなくらいのセンス・オブ・ワンダー。いや、セックス・オブ・ワンダー。
 鈴木光司「らせん」、「ループ」読了。途中からオイ本気かよと思いながら読んだが結果的に面白い。「バースディ」続けて読了。

11月9日
 ホームページの感想欄がオカシイ。自分で感想を記入して送信するとoutlookのプロファイルの選択というダイアログボックスが送信の確認の後に立ち上がってきて「はい」を押すと送信されずにoutlookの送信前のフォルダに入ったままになってしまう。outlookはまったく使わないでoutkook expressを使っているため、自分以外の人もこうならば感想が送れない事もありうる。以前はこんなことはなかった。ホームページ作成の解説書を読んでもわからない。たまたまゲストブックをつけようと思い立ちGCIの解説を見ていてインターネットエクスプローラーのツールのインターネットオプションでプログラムから電子メールの項をoutlookからoutlook expressに変更すればよいことがわかった。しかしこれは自分の側のみの設定が原因である。感想欄からのメールが届かない理由とは違う。だとしたら誰も書いてないのかもしれない。

 桐生夏生「OUT」読了。暗黒にして極北の恋愛小説。映画とぜんぜん違うぞ。
 フィリップ・K・ディック「火星のタイムスリップ」読了。ぜんぜん面白くない。俺は翻訳物はまったく受け付けない。

12月23日
 ウィンドウのボタンが正常に表示されなくなってしまった。また故障である。NECの121ware.comでQ&Aで検索したら「セーフモード」で立ち上げてから、再起動するとなおると出ていた。さっそくやって見る。成功。truetypeフォントのファイルが壊れたのだそうだ。道理で数日前から依然あったフォントが消えてしまっていた。不思議に思っていたのだがそういうことだったのか。
 「家畜人ヤプー」ついに読了。前半は角川文庫版で後半は幻冬舎文庫で。角川文庫部分が最高に面白い。世の中には自分の秘密の趣味嗜好についてそれ自体をかくも精密に世界いや宇宙としてとして構築できる人がいるのが驚き。それが文明論にまで達している。SM小説といわれるが、(特に前半は)高等なSF小説でもあると思う。角川文庫版を買ったのは実に20数年前だ。それも古本で。それまで本棚で読まれるのを待っていたのだ。失業でもしない限り読むことはなかったと思う。
12月26日
 ポリテクセンター(テクニカル・オペレーション科)終了。7月から6ヶ月間通った。再就職の足しになればと思ったがためにはならなかった。自分の能力もそこには無かった。残念ながら。

平成15年   [方丈つれづれ草]

1月10日
 武田泰淳の「快楽」読了。「けらく」と読む。未完の仏教版「青春の門」。そういえば「青春の門」も未完である。以前、新潮文庫で出ていたがそのときは買わなかった。読んだのは古本屋で買ったハードカバーもの上下巻。禁欲と快楽、青年僧と政治活動家、政治と宗教、性と宗教、それぞれに関する問答集のようなところがあり実に面白い。仏教思想というのはアナーキズムやテロリズムと近いところにある。
1月16日17日
 S病院人間ドック一泊二日6万円。禁煙6ヶ月目。しかし泊まって意味があるのか?夕食にはみんな食堂で酒を飲んでいるぞ。夜、時計の音と暖房の音で一睡も出来ず。文庫本読む。胃カメラ初めて。苦しいことは苦しいが、かなりきれいな映像に感心する。
1月17日
 おかげで「神無き月十番目の夜」読了。読み始めは読みづらくて困ったが慣れると面白い。ホラーかと思ったが大きな構想力を持った濃い時代小説。この作家はあまり書かないのだが題材が特異である。
1月24日
 「ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本」読了。これは読んだだけでは何の意味も無い。
1月26日
 調子にのって時代小説 隆慶一郎の「吉原御免状」読了。伝奇小説のいつものパターンで中盤まで面白く、終盤になるにつれて設定が無理なところが気になり出す。家康影武者説はオレには無理。昔「産霊山秘録」むすびのやまひろくを読んだときと同じ感じ。「石の血脈」と「戦国自衛隊」は良かったが。司馬遼太郎が伝奇小説を書かなくなったのはよくわかる。なんとなく不毛な感じがするのだ。年末やっとこ読了した「家畜人ヤプー」もオレは前半までは凄い思想小説だと思って読んだが(何しろ自己の世界をまるごと完璧に創ってしまっている)、終盤は単なる変形伝奇SF小説としか感じなかった。
1月28日
 今月31日で失業給付期間が終わる。今日はある会社へ会社面接に行った。2月7日まで返事保留とのこと。
 「親指Pの修業時代」読んでいる。面白い。けっこう笑える。恋愛小説としてもいい。
1月29日
 TVで「ピンク・パンサー5」を何気なく観始めたら最後まで見てしまった。ピーター・セラーズ亡き後作られた映画。思ったより可笑しかった。ピーター・セラーズといえばハル・アシュビー監督の「チャンス」を観たい。同監督のジャック・ニコルソン主演「さらば、冬のかもめ」も観たい。この監督今は忘れられてしまった。ブレイク・エドワーズも忘れられているが。

2月1日
 TVで「地獄の黙示録」。これ以前ビデオで見たとき寝てしまった。今回は無事見通せた。ヴェトナムで脱走したカーツ大佐がジャングルの奥地で王国を作っているらしい。ウィラードはその探索と暗殺を命令される。川を遡る途中のヴェトナム戦争の末期的様相がまるで悪夢のカーニバルのように描き出されて行くところが前回は退屈したのだと思う。今回は退屈はしなかったが凄いとも思わなかった。カーツ大佐との戦争問答もまったく意味不明のままで、裏読みしようがない。この王国がどうなっているのかが描写されていないから狂気も何も感じない。「地獄」だといい続けるがそれが何なのか。フレイザーの「金枝篇」など朗読されても、もってまわってい過ぎて意味がわからん。
 NHK放送50周年だそうである。朝から特集番組をやっているがダレた生放送の進行と黒柳徹子のハイテンションの声を聞いたら見る気がしなくなり「ひょっこりひょうたん島」の新作まで見逃した。50年たって生放送もまともに進行できなくなったのか。余計なおしゃべりはいいから当時の番組の残っているのをきっちり放映して欲しい。
2月2日
 ビデオで「TATARI」(たたり)見る。今公開中の「ゴーストシップ」の製作会社の作品なので見てみた。幽霊屋敷物のただの変形。「屋敷」が凶悪犯収容専門の矯正病院の廃墟になっただけの話。亡霊の動作が日本の「リング」シリーズに似ている。ただ似ているだけ。亡霊からただ逃げるだけの登場人物たちの設定も不自然でぜんぜん怖くない。製作者の狙いは昔のB級ホラーの再生を狙っているとも思われそれはそれで責める気は無いけどね。
2月3日
 福家鬼外。46歳になった。
「親指Pの修業時代」読了。「コンセント」以来の面白さ。主人公の性的放浪体験は、その旅の仲間との関わりとともにほんとに面白く何度も笑ったし感心した。性的冒険譚としても真摯な恋愛小説としても読める。純文学らしからぬすごく読みやすい文章。柔らかい肉で包まれているような優しさを読んでいる間中感じた。ラストのハッピーエンドはいい映画を観たときのような晴れやかさ。ある意味でフェミニズム的な感じもする。松浦理英子作。
2月5日
 笙野頼子「レストレスドリーム」読み始めるが、恐ろしいことにまったく文章が理解できない。ひとつの文章を読んで次の文章を読み始めるともう前の文章を忘れている。仕方がないので遡って再度前の文章を読み直すのだが、信じられないことにそのさらに前の文章もぜんぜん記憶にない。つまり読み進めないことに気づいた。題名どおり悪夢のような小説。あきらめてBOOK OFF。
2月6日
 昨夜「KT」ビデオで。金大中拉致事件の内幕を扱った政治謀略物。最初から最後までまったく緩慢なテンポで実に長い。しかし日本人がこういう政治ものを作るとなぜこう薄っぺらになるのか。拉致事件に加担していく元自衛官の浪花節的国家主義は使い古されているしあまりにも表現が幼い。それに金大中を拉致することは彼の理想的国家活動にどのように正当性をもって当てはまるのか。「これはオレの戦争だ」という台詞が理解できない。ほとんど自爆テロ?ラストもこの種のものとしてお決まりのパターン。例外的には「日本列島」など熊井啓監督作品が記憶に残る。
2月7日
 松浦理英子「ナチュラル・ウーマン」読了。すばらしい会話とともに繰り広げられる性的貴種流離譚。ポルノグラフィア・フェニミズム。
2月8日
 「写楽」シリーズをイメージマップ化してそれぞれにリンクする。ImageReadyの使い方がわからず1日がかりになってしまった。リンクまではわかったのだがトップページなどに戻す方法がわからず困った。イメージマップそのものもトップページへ戻らない。よく考えるとIMAGEフォルダに入れていたためトップに戻せなかったのだ。さらにリンク先をGIFファイルに直接したのも間違っていた。HTMLファイルにGIF画像を読み込んだものへリンクし、そこからHTMLタグで設定して戻せばいいのである。暇だからできるけどね。
 イメージマップにして最適化した後HTMLファイルとGIFファイルとは同一ファイルにないとGIFを読み込めない。
2月9日
 「ジュラシック・パークV」TVで。世界中の誰が見ても面白いといえる巧妙な味付け。まるでマクドナルドのような映画。しかしこれが不味くないので結局最後まで見てしまう。今回は余計な理屈は一切抜き。1作目は大体覚えているが2作目はどんな話だったかさえ覚えていない。したがって2作目が3作目とどう繋がるのかわからない。しかし今回は感心なことに手抜き無しのB級の味付けで、小品ながら快調。
 この島では人間は文明の利器さえ持たなければ、唯生きるために追い追われるのみの恐竜たちとまったく同じ。むしろ恐竜の方が(知能は別にしても)本能以外の欲望やプライドがない分、ハードボイルドに生き生きしている。誰も言わないことだが主演のサム・ニールの顔がほとんど爬虫類に見える。このままこのシリーズに出演し続けると人類最初の爬虫類俳優になりかねない。最後の生息圏から飛び出した3匹のプテラノドンはあれからどうするのか。もちろんWの予告だろうが、「ガメラ3」のラストに限りなく近くなってゆく?
2月11日
 澁澤龍彦「ねむり姫」読了。ひところ大量に読んだ澁澤もの。渋沢でなく澁澤。竜彦でなく龍彦(性格に彦ではないがIME2002では変換不可)。小説よりエッセイが主だったが、小説もすごくいい。中世から江戸末期までを舞台にしての奔放な幻想譚。文章は名前表記のごとく凝りに凝った感じだが不思議と無理がなく読みやすい。ユーモアさえ感じられる。底本はあるようだがそこからも自由である。まったく無意味なのがいい。内田百閧ノもこの種の幻想ものでいいのがある。「くだん」とか。
2月12日
 「ラン・ローラ・ラン」ビデオで。ヤクの売人の恋人の危機を受話器を置くところから駆け出して3種類の結末で描く。パラレルワールド物?主人公のローラは金の工面に走りまくる。カメラワークに斬新さはあるけれど「スナッチ」など観ているから驚きはない。だからどうしたんだという感じもしてしまう。ローラ役フランカ・ポテンテは「ボーン・アイデンティティー」に出演。ドイツ映画。
 「千と千尋の・・・」いまだ余震冷め遣らず。今度はアカデミー賞を取る勢い。宮崎駿は黒澤明以来の逸材。彼はグローバリズムには反対の立場のように思えるが作品は逆にグローバリズムによって評価されてしまうことの皮肉。
2月13日
 TVドラマ 内館牧子の「年下の男」は向田邦子の「阿修羅のごとく」をねらっているのか?トルコ軍楽。かたやイスラムのコーランみたいな音楽。共通性あり。どちらも道徳倫理ではどうにもならず、さりとてケモノにはなれず、道徳に汚されたキリストでもブッダでもなく第3の最も原初的な宗教に心でも精神でも寄らざるを得ない感じが、「業」よく「獣」を制すか。
2月14日
 ここ数日暖かい。澁澤龍彦「犬狼都市」読了。「陽物神譚」「マドンナの真珠」3作品。この完全に閉じた硬質な仮想世界は解放されない分入ったら出て来れない魅力がある。進化によってとりあえず選ばれた人類のみが持ちうる、精神的放蕩の至福の結晶。それを幼児的といわれればそれもその通りだが。特に「マドンナの真珠」は、幽霊船が赤道を「見に」行く話。奇想と言うか天外と言うべきか。意外にもかなり映像的。
 「陽物神譚」の伝記的解説のような「狂王ヘリオカバルスあるいはデカダンスの一考察」を読む。この作家の記憶はまるで海溝のようにどこまでも深い。
 来週月曜会社面接10時より。前回は採用不可だったため。
2月15日
 昨夜、ホラー「バレンタイン」TVで。クリスマスやハロウィンだけでなくついにバレンタインデーにも殺人鬼が。このまま行くと合衆国独立記念日にも現れそう。もっとも元旦早々というのもまだないか。
2月19日
 警備会社に再就職決める。46歳で何の資格も技能経験もないのでは他に道はない。しかし怠けて生きて来たもんだ。失業中は仕事をしなくていいので実に楽しかった。平日休みというのがいい。警備会社で平日休み、夜仕事でもいいか。
 「フォルスタッフ」オーソン・ウェルズ監督・主演。ビデオで。いつだったか借りたらテープが故障で見れなかった。今回やっと観れる。全然つまらない。眠る。シェークスピアはハズすとただの睡眠薬。ビデオはこれが困る。つまらないと寝る。オーソン・ウェルズは「市民ケーン」と「黒い罠」がいいだけ?
2月20日
 交通誘導見習い午後から4時ごろまで。いきなり現場。明日から本格的に。5時ぎりぎり。ハローワークへ飛び込み、就職の手続き済ませ、45歳以上なので再就職支度金の申請用紙をもらう。禁煙8ヵ月目。
2月21日
 警備員(交通誘導)第1日目。晴れ。5時半起床。午前中はさすがに寒い。手袋はもっと暖かいものでないとダメ。6時半まで。1日中外での立ち仕事なので、5日間連続だとどうなるか心配。土日は休み。5人のチームで一番年上である。他は全員30代以下。いままで自分が一番年下の場合が多かったのでショック。つまり年寄りという表現が自分に対してもされる時がすでに来ている。
2月23日
 22,23日休み。ビットリオ・デ・シーカ「終着駅」ビデオで観る。今の映画の上映時間からすると1時間15分でだいぶ短め。周りのことは一切考えずに自分たちの気持ちだけで行動している男女の不倫の別れ話で、駅の構内の中だけで話が展開する。どうということもないがイタリアだからこれがけっこう納得できる話に見えてしまう。個人主義の確立したヨーロッパなら絵になるが、日本でこれをやろうとすると(出来ないが)かなりHなことになる。
 ビリー・ワイルダー「情婦」テレビで。A・クリスティーの「検察側の証人」の映画化。チャールズ・ロートンが古きよき昔の・・といった感じで実にいい。今もたぶんロングランをしている舞台劇の傑作。「情婦」という邦題は間違っているとも言えるし意表をついているとも言える。
2月24日
 朝から細かい雪が降っている。工事現場の商店街に流れている街頭音楽はビバルディの「四季」と「ひな祭り」の歌だった。止みそうもないので11時には工事終了。映画を観ようと思ったが上映時間が変更されていて時間が合わない。
2月26日
 昨日から顔が日に焼けて熱くて仕方がない。スキーに行ったわけでもないのに冬に日焼けするのは、外に出っ放しだからである。今日は3時までは3月の陽気。日がかぎると風があるため、いきなり寒くなる。


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