○2003長野マラソン

5回目にして初めて、3時間を切りました。

レース後、長野市駅伝部の打ち上げで。コニカの3人が来てくれました。左から日本人2位の小澤、佐藤コーチ、優勝したワイナイナ。
スタート時 天候 雨 気温16℃ 完走(一般男子)3,146名)
氏名ゴールタイム順位(総合/男子)
梨本 高之2h59'22" (一般男子98位)

スタートではイアンとこばやし君の隣でした。スタートラインをまたぐまでは、昨年同様に30秒。しかし雨のためか、例年よりペースが遅く、前に出るのに苦労します。
イアンの広い背中を目標に下っていくと、駅伝部の徳武さんがいたので後ろにつきます。気づいた徳武さんはニヤっとして、「このペースで行くぞっ」といいつつペースアップ。1キロ3'30"で5km地点は19'00(号砲からの時間。以下同様)でその後もピッチは落ちません。5km手前で塩沢さん、7km手前で宮本さんを抜きましたが、この辺で早くも脚が一杯になってきました。8km過ぎに轟さんと合流。
しばらく並走した後、前に出ましたがすでに徳武さんは遠くに離れてしまいました。10kmは19'11とほぼ予定通り。

ところが、ハイペースのツケか、ここからもう1キロ4分が維持できません。調子が上がってくるのを待とうと、轟さんの後ろに下がって、できるだけコンパクトなフォームで楽に走ろうと心がけます。15kmは58'40ですが、この辺から轟さんにじりじり引き離されます。
堤防道路の上は雨だというのにいつも通りの大観衆です。やはりこの小布施橋からのコースは最高です。高橋(恒)さん、佐藤(悦)さんのベテランコンビが抜いていくので、これをペースメーカーにして1キロ4'10を維持しようと努力します。
チェルピンスキーを含む集団に追いつきますが、サブスリーペースの1キロ4'15より若干遅いようなのでこれを抜いて前を追います。轟さんの背中が少し大きくなってきたため、これに力を得て1キロ4'05くらいまで上げてみます。
村山橋が工事中のため、今年は右に下りるコースですが驚くような急坂でびびります。ここにはスポーツクラブの仲間が陣取って応援してくれていました。元気は出るのですが、坂を上った後は脚に来て、轟さんはどんどん遠ざかってしまいました。



村山橋手前の下り坂。中間点付近です。(photo By N.Otagiri)

中間点は1h23'45とほぼ例年と同じタイムですが、かなり脚にダメージが来ています。また、雨のせいで15kmくらいからマメができ、痛みがひどくなってきました。まだレースは半分残っているというのに。
エムウェーブ直前の1キロでは5分近くまで落ち込んでしまいました。この時点でキロ4分ペースの貯金を使い果たしており、広言していた「30kmを2時間で」は全然無理。五輪大橋の上では目標だった女子選手の竹内(淳)さんにも抜かれ、見る見るうちに引き離されます。30kmは過去2年と同じ2時間3分台。だめじゃん。もうやる気なし。
しかし、頭が試合放棄しているのに、脚はなぜか動きつづけています。沿道にはトライアスロン仲間の牧さんが、自転車で駆けつけて声をかけてくれます。
「いけるいける!」
そこで、痛みから気をそらすために計算。今のキロ4分30秒を維持すれば、残り12kmを54分です。最後の200mを1分としても、1分半くらい余裕がありそうです。例年はここから大崩れしていますが、まぁそのことは忘れて。
先に折り返した轟さんとは、約900mの大差になっていました。自分も折り返して後続をこわごわ伺うと、果たしてすぐ後に塩沢さんとこばやし君が。さらに宮本さんも発見。揃いの新しいユニフォームが、プレッシャーとなって迫ってきます。
股関節から太ももの痛みがひどいため、わざとマメのできている左足に力をこめて、そっちの痛みで気を紛らわせます。この辺でキロ4分40秒くらい。35kmは2時間26分台になってしまい、サブスリーへの貯金は底をつきかけています。



ホワイトリング前折り返しコースで。ふらついています。


残り4km付近で。(photo By K.Minamisawa)


始めてサブスリーを達成した、2001年の北海道マラソンで、残り5kmは2h37'00でした。これより速ければ、何とか可能性があります。まさに綱渡りで、プレッシャーに潰されそうになりますが、まぁこのままでも長野マラソンの自己ベストは更新できると、努めて気楽に考えます。
残り5km地点の手前で、ついに塩沢さんとこばやし君に抜かれます。残り5kmは2h26'15。チャンスは残っています。両足テーピングのこばやし君は足が痛むのか、かかとを大きく振り上げたりしていましたが、次の給水所で立ち止まってしまいました。「切れるよ、いけるよ!」「やっばい、つりそう…」と聞こえましたが、初サブスリーの大チャンスです。最後まで持ちこたえてくれることを祈って先行します。




ゴール前。


ゴールした瞬間。

塩沢さんのラストはさすがに力強く、他のランナー達を次々に抜き去って背中が小さくなっていきます。こちらは時計とにらめっこ。残り4kmまでは4'30だったのですが、松代大橋への上りがある次の1キロは4'45と、落ち込みました。しかし、残り2km地点で2h50'10となり、キロ5分かからなければサブスリーです。
もういいや。どうせ58分台は無理だし。と攻める気持ちは雲散し、ケイレンなど起こさないようにだけ気をつけます。
ここからゴールまでは駅伝部の主将や部長、若手選手らが500mくらいおきに応援してくれます。残り1kmで2h55'00と、ペースは許容範囲ギリギリまで落ちました。競技場への鋭角コーナーは左足に激痛を与えますが、これで気合が入ってほんの少しペースアップ。「3時間切れますよっ」という駅伝部の応援に、片手を上げて「やったやったー」とおどけて見せて、相変わらず走りにくい人工芝の上をゴールに向かいました。

5km0:19'01"410:19'01"41
10km0:19'11"150:38'12"56
15km0:20'27"120:58'39"68
20km0:20'24"001:19'03"68
25km0:21'30"121:40'33"80
30km0:22'34"872:03'08"67
35km0:22'58"932:26'07"60
40km0:23'16"932:49'24"53
42.195km0:09'55"642:59'20"17

翌日の新聞で見た公式タイムは2h59'22"(一般男子98位)と、サブスリーはともかく、職場の仲間に公約していた100位以内は本当に危ないところでした。



ゴール後、十日町の村山さんや若井さんらと。


間違いなく、これまでで一番苦しんだマラソンなのですが、何となく不完全燃焼だった気がします。やはり、気持ちが早々と切れてしまい、闘ったという実感がないためだと思います。
それでも、どうにかこうにか3時間を切って完走できたのは、


がうまく働いたのだと思います。
しかし、それよりも、


が大きいと思います。

レースが終わって着替えている時、駅伝部の徳武さんに会いました。ジロリとこっちを見て、「切れなかっただろう?」と言われました。タイムを答えると、破顔一笑、ニコニコして「しぶといなぁー」と。おめでとう、と握手をされてやっと嬉しさがこみ上げてきました。
(4/20)



3年前と同じゼッケン、同じポーズで。
2003.05.05 更新
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