○2001北海道マラソン

わずか50秒。50秒だけですが、3時間を切りました。


スタート時 天候 曇り 気温30℃(15km地点32℃) 完走1,767名(男子1,591名)
氏名ゴールタイム順位(総合/男子)
梨本 高之2h59'10" (総合151位)

・直前練習(遭難)

月末のマラソンに備えて、お盆休みは走りこもうと企んでいました。自転車も「封印」(笑)。その初日が駅伝部と一緒に菅平のクロスカントリーです。2時間走。20kmくらいでしょうか。
スキー場を駆け上がって、根子岳登山道を下り、大笹林道を走って…というコースです。みんな速い。前半の1時間はなんとかついていったものの、後半登山道を上る途中で力尽きてしまいました。みんなの姿が見えなくなり、山中に一人残されてしまいました。
どこからか「梨本〜っ」と呼ぶ声がするのですが、答えようにも息が切れてしまって。
見かねた高野キャプテンが、再度登山道を下って探しに来てくれました。情けなし。「さぁ頑張りましょうっ!」とまた引っ張ってくれるのですが、それにもついていけず。

今年の県縦断駅伝は50回記念大会ということもあり、長野市チームは10年ぶりのV奪回に燃えています。その練習に勝手に紛れ込んで、みんなの足を引っ張ってしまってます。トラック練習なら何周抜かれても、邪魔になるくらいで済みますが、ロード練習でこのザマでは、みんなの練習効果を下げてしまいます。みんないい人なので、非難めいたことは一切言わないのですが、それだけに自分の非力さが情けないですね。

2時間なんとか走ったのですが、翌日はひどい筋肉痛。「封印」を解いて自転車に乗ってしまいました。ところがその翌日はさらにひどい状態。長野マラソンを走った週のようです。(8/12)

・脱水

菅平クロカンの後遺症で、ふともも周辺が筋肉痛です。まぁものは考えようで、最初からマラソン30km過ぎの状態で練習できるからオイシイのかも。
14日はエムウェーブから南長野運動公園までマラソンコースを往復。もどる途中で菊谷さんとすれ違いました。バイク特訓中。昨日は津南、今日は野尻湖に行って来たそうで。
15日からは朝も走ることにしました。とはいえこの日は日中仕事して、夕方にトラックで1時間走ったのみ。やっと筋肉痛が軽くなってきました。
気づいてみれば16日。お休みも今日までです。おいー、全然暑さ対策ができてない。
今日もエムウェーブからマラソンゴールまでの往復。気温は34℃。1km5分のペースでとぼとぼ走ってゴールまで。そのまま折り返して松代大橋まで来たのですが、ここで突然脚が動かなくなってしまいました。
近くの自動販売機で500ml缶を2本。(ビールじゃないですよ) 残りは1km6分ペースで走りました。もうヨレヨレです。
これで身をもって悟りました。わたしは坂に弱い。そして暑さにも弱いのです。
北海道のコースは坂がほとんどありません。あとは暑さだけ。自分を過信せずに、水をとにかく取ろうと決めました。(8/16)

・北海道マラソン

前日千歳空港に降りたら28℃! うちのめされるような暑さです。長野のほうが涼しいじゃないですか。
三田さんに連れられて行った「春花秋灯」というお店は、出てくる料理がどれもおいしく、ビールもどんどん進みます。つい、もう一杯。
「明日はお昼のスタートだから、まだ大丈夫だよ。」そうですね。この誘惑が、数多くのランナーを二日酔いに陥れたのですが。でも、もう一杯。
レース前日だというのに、ふらつくほど飲んでしまいました。「シャンソンのいい店がある」というお誘いにはさすがに乗れず、何とかホテルに帰り着いて倒れて眠りました。

翌日の朝食バイキングは固形物がのどを通りません。お粥と、杏仁豆腐だけを3杯ずつ食べました。あとは部屋でウイダー、3Actionを流し込みます。


前日の受付が行われる「札幌パークホテル」ゴールの中島公園脇にあります。


中島公園の入り口で。この「あと700m」からが長い。とにかく長いのです。


地下鉄に乗って、真駒内へ。オープンスタジアムまで20分近く歩きます。汗ばむほどの陽気です。
アップを始めても脚が重く、疲れが抜けていないことを実感します。空いているトイレを探して隣接する森林公園の中をさまよいます。用を足したら、帰り道が判らなくなり、荷物預託リミットの3分前に汗だくになって帰り着きました。

スタートは壮観です。今回は陸連登録の部で出ているため、号砲と同時に腕時計をスタートさせました。混乱もなくスムーズに走り始めます。スタンドにいるブラスバンドがWhiteBerryの「夏祭り」を演奏しているのを聞いて、少しジンとしてしまいました。3,000人のランナーが競技場ほぼ一周を取り囲んでいます。

予定では20kmまでを1km/4分で頑張る積りだったので、少し無理してピッチを上げます。『少し速すぎるかな』と思いながら5kmの通過を見ると、20'45"。体力が落ちているのでしょうか。このマラソンはつらくなりそうです。

ところが、10kmまでの5kmは20'30"。次の5kmも20'45"と、思ったほどペースが落ちません。この辺りから調子が出てきました。
コース上は思っていたよりも涼しく感じられました。札幌は並木が多いのか、日陰となっているところがほとんどでした。それでも、日差しが照りつける場所はじりじりするような暑さですので、給水ではかならず水、そしてスポンジを取るようにします。

給水所の数は多く、後半はほとんど1kmごとにあった気さえします。水の入った紙コップを2つ取って、ひとつは口に含み、もうひとつは帽子の上からかぶります。たまにびっくりするほど冷たい水が入っていることがあり、嬉しく思うのですが、急に飲むと腹痛が心配です。口の中でモグモグさせながら、少しずつ飲み下します。
給水所には「スポーツドリンク」として、スポンサーのタケダ「レモンウォーター」も置いてあります。後半は糖分補給のためにこれも取りました。薄めのあっさりした味なのですが、のどに膜がからまる感じがします。そのため、もう一方の手に水を持って、交互に飲みながら走りました。
残り5kmまでは全ての給水所で取っていたため、疲れてくると煩わしく感じるようにさえなりました。それでも最後まで脱水せずに走れたのはこのおかげだと思います。ボランティアの大半は中学生のようでした。暑い中立ちっぱなしで水、スポンジの補給をしてくれました。本当にありがとうございました。

『30kmを2h06'で通過すれば、次の10kmを44'で走って…』などと皮算用していたのですが、中間点を1h26'、30kmは2h04'台です。4月の長野マラソンより1分半ほど遅れていますが、あの時よりもずっと元気です。ふとももの痛みも出ていません。コースがとにかくフラットですし、菅平を走った効果で、筋肉も多少鍛えられているようです。行けるかも? という希望が見えてきました。

ところが股関節に痛みが走り始め、ストライドが伸びなくなってきました。中間点までは180歩/分のあたりを維持していたピッチも174歩/分くらいに落ち、35kmまでの5kmは22分を超えてしまいました。
『35kmまでこのペースで来て、サブスリーできなかったら後悔するなー』という焦りと、『残りを5分/kmで行っても自己ベストだな』という甘えが葛藤を始めます。

● 途中のラップタイム、ピッチ、歩幅と平均速度
time step/min step split step stride(m) speed(km/h)
2:59:10 176 31538 1.34 14.13
 
5km 0:20:45 180 3738 0:20:45 3738 1.34 14.45
10km 0:41:10 179 7388 0:20:25 3650 1.37 14.69
15km 1:01:40 179 11066 0:20:29 3678 1.36 14.64
20km 1:22:05 179 14712 0:20:25 3646 1.37 14.69
25km 1:43:13 174 18396 0:21:08 3684 1.36 14.19
30km 2:04:52 174 22154 0:21:39 3758 1.33 13.86
35km 2:26:58 172 25966 0:22:06 3812 1.31 13.57
40km 2:49:35 172 29862 0:22:37 3896 1.28 13.26
42.195km 2:59:09 175 31538 0:09:35 1676 1.31 13.75
 
中間点 1:26:40
Last5km 2:37:00
Last4km 2:41:30 0:04:30
Last3km 2:46:00 0:04:30
Last2km 2:50:30 0:04:30
Last1km 2:55:00 0:04:30
42.195km 2:59:10 0:04:10

残り5kmの表示で、2h37'ちょうどでした。あと23分。次の1kmが4'30"、その次の1kmも4'30"です。気持ちはスパートしているのですが、ペースは一向に上がりません。頭の中には数字が飛び交います。『このペースで5kmは22分30秒だから、2h59'30"。いけそうだけど、ギリギリはカッコ悪いかな。58分台にしたいけど、厳しいな』

大通公園の脇を通過する頃は、沿道に切れ目なく応援の人垣ができています。北海道新聞が号外で全選手のナンバーと名前を載せて配っているため、名前で応援してもらえます。
「梨本〜っ、頑張れあと少しだ」「梨本さ〜ん」
選手がポツポツとしか走っていないため、周囲の注目を一身に浴びて走ります。

残り1kmの看板では2h55'ちょうど。中島公園の入り口は残り700m地点です。前方に5人ほどの集団が見えて、抜こうとペースアップしますが、逆に小柄な女性ランナー(しかも未登録者ナンバー)に抜かれます。左にカーブする並木道のため、なかなかフィニッシュゲートが見えてきません。手前に設置してある電光掲示板が2h59'になりました。『あ〜あ』と思ったとたん前方にゴールが見えました。

2h59'10"でゴール。今までで一番苦しいマラソンでした。

荷物を受け取り、記録証をもらいに公園事務所の階段を上ります。横を歩いている選手を見ると、見覚えのある顔です。胸には「下田調理師会」の文字。
「お疲れさまでした。あの〜、長野マラソンで放送されてた方ですよね」
話しかけると、気さくに応えてくれました。保坂さんは「今日は途中でしんじゃいましたよ」と残念そうでした。後日、録画したTV中継を見たら、ずっと女子のトップ集団について走っていたようです。

記録証と参加賞のTシャツをもらって、階段を下りようとしますが脚が動きません。初めてゴール後のマッサージを受けることになりました。専門の先生なのでしょう、目の不自由な方でした。プロの腕前というのは素晴らしいもので、翌日はほとんど筋肉痛が残りませんでした。アミノバイタルプロも2包飲みましたが。

夕方から三田さん、横浜から来た中家さんと「サッポロビール園」で乾杯。おいしいビールを飲むことができました。(8/26)



フィニッシュゲート。ゴール付近も大勢の観客でした。


ゴールした選手にはシャワーのサービス。もっともゴール後は雨が降り出してしのぎ易くなったのですが。



3時間30分を切って完走した三田さんと。この格好でススキノのホテルまで歩きました。


サッポロビール園前で。三田さんにおごってもらっちゃいました。ごちそうさまでした。
2001.09.08 更新
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