○Tail Ender
(キャファ通信 VOL.954 2000/07/17 より)
佐藤肇《sato@shs.co.jp》
完走率の低さでは誰にも負けない豊中の佐藤です。
今回はIRONMANでのおはなし。
トライアスロンをやっている人なら一度は出てみたいIRONMAN。ほと
んどのトライアスリートはTIMEXのIRONMANウオッチを左手にし
ています。素人目にはなんやら秘密結社の証のようにも見えるこの一物。わ
しら皮膚ガンも恐れずに真っ黒に日焼けした腕にキラキラ輝くTIMEXを
して、本人だけ分かったふりをして周囲を威嚇しているのです。
素人さん:「かっこいい時計してますね。」
佐藤:「トライアスロンで使うんよ」
佐藤:「ほれ、時間の他にストップウオッチやらカウントダウンとか。こう
すると夜も綺麗に見えるんよ。便利でしょ。」
素人さん:「へえー。ここにIRONMANって書いてあるね。佐藤さんI
RONMANなんですね」
佐藤:「えっ?まあー日本で言う鉄人レースには沢山出てるし英訳するとI
RONMANなんかな。けど正確に言うとIRONMANは出たこと無い
し、辛うじてSTRONGMANなんかな。宮古の・・・あれれ?」
ここで話がややこしくなって、判ってくれない人も出てくる訳。
それが理由じゃないですけど、もしかしたら出さしてくれるかもしれないと
IRONMANチェジュにエントリーしました。結果は、ご存知のように全
員合格。
事前の航空券問題やら現地の気象状況に散々に脅されて半分開き直っての現
地入り。梅雨真っ盛りの中、外国なのに長崎と同緯度らしく日本とそっくり
の植生(クチナシや紫陽花が咲き乱れ)と日本語が通じるということですっ
かりリラックス出来ました。
私たちは、韓国コンドミニアムに投宿しましたが、到着してすぐに建物に充
満する独特のキムチの香りに面食らって土足でズカズカと部屋の中を歩き回
ると、すかさず大会スタッフの山内さんから靴を脱ぎなさいとお叱りを受け
ました。靴脱ぐのね。畳もカーペットも敷いてないから判りませんでした。
すみません。
大荒れのSWIM会場と梅雨を気にしなければ快適すぎる生活をしながら大
会当日を迎えました。
●レースナンバーは710番
貰ったレースナンバーは、幸運にも710番。そう、ナットー(納豆)なの
です。これは何かの御縁。完走には程遠い、佐藤さんにも一筋の光明が射す
思いです。最後の最後まで粘り強く、糸引くようなレースをしようと心に
誓ったのでした。その昔、エリートでもないのに9番貰って苦しんだっけ。
●初っ端なから大失態
朝3時過ぎに起き出して、おにぎりをパクついた後、前日の悪天候で預託出
来なかったトランジションバッグとバイクボトルを担いで真っ暗な夜道を会
場へと急ぐ。トランジションバッグを預託し、タイヤの空気圧を調整。さて
バイクボトルをセットしようかなと思いきや一個足りない。
あれれ、部屋に忘れたみたい。仕方ない、次にしよう。しかもバイクエリア
を出ようとした自分が奇妙な出で立ちをしていることに気が付きました。取
り敢えず全てセッティング完了と思いきや、ヘルメットを被ったままです。
IRONMANではBIKEトランジションバッグを預託する時にヘルメッ
トも預けるのです。IRONMANのビデオを見ているとSWIMを終了し
た選手が颯爽と着替えテントからヘルメットを被って自分のBIKEに駆け
だしますよね。あれです。
JTUの役員に事情説明すると、預託したものは返却出来ないので今回だけ
大目に見ましょうとのことでBIKEにポツンと一つヘルメットを掛ける恥
ずかしい状況となりました。でも助かった。一瞬、SWIMで終わってしま
うのかと目の前真っ暗状態になりましたから。
更に小物忘れが続き3回もコンドミニアムと会場を往復してしまいました。
UPは完了のようです。
SWIM会場入口で親友と挨拶を交わし、いざSWIM会場へ。
●SWIM失格なの?
小糠雨が降るものの、危惧していたサーフィンが出来るほどの大波も治まり
コンディションは良さそうです。コースロープはありませんが途中の誘導ブ
イも見えるし、なんとか行けそうだ。そうそう丸藤さんが書かれていました
が、海外の大会では、やはり自己責任を重んじているようです。
私が参加した唯一のハーフIRONMANでもSWIMは沖のコーナー・ブ
イだけで途中の誘導ブイもコースロープもありませんでした。当然スタート
地点からは、ブイも見えない訳で。あっちの方角に泳いで行け。そうすれば
ブイが見えてくるから。という説明だけでNo−WETで泳がされましたか
ら。日本のトライアスロン環境が特別扱いなのかなとも思います。
IRONMANなのに緊張感もないままに自然とスタート。みなさん書かれ
ているように1周目は大夫迷いました。第2ブイを回ってから泳力の無い私
は潮流に捕まり、リージェンシー方向にしっかり流されました。気が付くと
周囲に誰も居ず、遙か遠くをみんなが泳いでいる光景が見えました。周回
チェック時に山本光宏さんに「しっかりブイを見て泳いでっ!」と注意され
ました。
2周回目は山本光宏コーチの指示通り、往路はしっかりブイを見てブイに頭
からぶつかり繋留ロープに絡みながらモタモタと第1コーナーヘ。復路は、
またもやブイからさらに遠く遠く流されながらも絶望の2周回を終えSWI
M−UP。
すると韓国人スタッフが大声で私にデジタル時計を見せながら、何やら喚き
ます。海面を見ても選手は殆どいないしタイムオーバーで失格になったんだ
ろうとガックリと浜辺を去りました。チェックポイントでは、後続の選手が
チェックを受けながらBIKEトランジションに急いでいます。あれれ、失
格じゃないの?後日、思い当たりました。時計をせずに泳いだ私に韓国人ス
タッフが親切にも自分の時計を見せてくれて「お前のタイムは何分だから、
頑張れ」と言っていたんだと。
●アウトバーンのようなバイクコース
現地で判明したようにバイクコース前半はアップダウンが続き走り堪え充分
なコースです。西帰浦市(ソッキボ)では応援も盛んです。途中の民族村は
茅葺き屋根の建物も点在し沖縄の離島に来たようです。ここでも盛んな応援
を受けます。ここからは九州は阿蘇の草千里を走っているような錯覚を起こ
させる牧草地帯。いきなり、大型トラクターに道を遮られ路肩を走ることに
なりましたがご愛敬です。
島の東端から済州市へ向かう港町では海辺に平屋建ての民家が建ち並び、ま
るで北海道の根室に来たようで昨年のロングライドを思い出しながらサイク
リング気分です。私の前後を見渡してもポツンポツンとしか選手がいませ
ん。スタッフ、警察官も選手が見えると早々と車を規制して選手の通過を
待ってくれます。トロトロと往復6車線の道路のど真ん中を占有している訳
ですから自然とペコリペコリと挨拶を繰り返しながら走り続けます。バスの
運ちゃんも手を振ってくれます。
済州市内に入ると大声援で中でも小学生が声を揃えながら応援してくれま
す。海沿いの道では、海産物を食べさせてくれるお店やビーチエントリーの
ダイビングを楽しむ人々が数多く見受けられ楽しそうです。しかし、スペ
シャルエイドをとうとう見逃してしまった。私のおにぎりとトマトジュース
は何処へ行ってしまったんだ。先が思いやられる。
空港近辺からは、警察官、ガードマンの他にとってもフレンドリーな軍隊の
人達もボランティアに加わり盛んに応援してくれます。「ファイティーン!
!ファイティーン!!」親指を立てるファイトサインも決まっています。
不思議でならなかったのは交通規制をしている、めがねを掛けた若い背の高
い警察官。どの人に会っても同じ人物に見えるのです。最初は、交通規制が
解かれた地点から順に回されているのかなと思ってましたが2度3度と立て
続けに現れると別人としか考えられません。全く区別がつかへんのやけど。
さすがに120kmを越えると集中力も途切れがちなってきます。おやつタ
イムと称して予備の携帯食ポケットへと手を延ばします。ありったけのフ
レーバーを忍ばせてあるので選ぶのも自然と楽しいもんです。さっきは、オ
レンジだったから次はバナナかな。あれ、またオレンジを掴んでしもた。い
やいやチョコは今は食べたくないから後半に取っておこう。バニラもあった
か。
島の西端150kmのエイドも過ぎ中文(チュンムン)に方角を向ける辺り
から途端に向かい風。漕げども漕げども進まず状態です。小用を足そうと思
い道端に降り立つと原っぱにこんもりとしたドーム状の盛り土があります。
どうやら塚のようです。島の風習や風土を何も知らない私達にとっては沖縄
と同様、タブーとされている行為や場所に平気で侵しているかもしれませ
ん。そう言った文化面での予習も必要と痛感しました。
中文リゾートへと向かう最後のアップダウンの中、警察官に挨拶すると合掌
されてしまいました。死相が出ておったんやろか。RUNトラジションへ向
かうダウンヒルでやっとBIKE本来の性能が引き出せる走りが出来まし
た。
「PASSING!!PASSING!!」を連呼しながら先行者を追い抜
きましたが日本人が多かったようで意味通じてなかったみたい。海外では先
行者を抜く時には「I’m Passing」とか単に「Passing」
と言うらしいです。本当のところは辻本さんに聞いてみて。
●レースディレクターの上田さんの笑みに騙されたランコース
周回コースはフラットだから、それまでの登りは我慢しよう。ところが周回
コースに出てびっくり。ここの何処がフラットやねん。登りと下りしかあら
へんやんか。確かに思い切り勾配を付けたフラットな路面と言われれば、そ
れまでやけど。
預けておいたスペシャル。しっかり結んでくれたらしく、袋が開かずにス
タッフが手伝ってくれました。中から出てきたのはトマトジュース。仁王立
ちになって手を腰において冷たいトマトジュースをグビリグビリとやると旨
いんだなこれが。しかし、焼けた路面に置いてあったマイスペシャルは、
すっかり温もっておりホットトマトでした。渡哲也のように「滲みるぜー」
と決めようにも出てくる台詞は「ウン、マズイ」。
友人知人が苦悶の表情を浮かべつつも目一杯頑張っており自分も釣られて走
り続けます。吉富さんも気合いが入ってます。同室の和歌山の西さんも別人
28号。同じく兵庫の畑田さんもニタニタしながら快調。長野の中村さんは
いつものようにテレながら走っている。東京の買手屋さんは絶好調みたい
だ。みんな、周回チェックの輪ゴムを沢山している。で私は最初の一周回は
走り続けましたが右膝靱帯をしっかり痛めてしまった。
2周回目に入るチェックで発光スティックを受け取る。写真やビデオで見た
シーンだ。いよいよ、夜の部の始まりなんだと実感する。ここで計時車が
走ってくるが時間は13:04:**と計時されており、みんな後4時間も
あるんだと、お喋りしながら歩き出す。すかさず、まずいと思った大会ス
タッフがマイクでがなり立て走らされることとなる。ハングル語なんでよー
判りませんが、たぶん「おらおら、モタモタすんな。気合い入れて走らんか
いっ!」と聞こえました。
途中のエイドで恐れていた脱水症状が出てしまい1回目の最悪の気分状態。
膝の故障と併せて二重苦を背負うこととなり先が思いやられることに。2周
回目後半で再び最悪の気分状態とおまけに睡魔が襲ってくる。う〜ん、参っ
た。
3周回目に入る頃にはコース上には殆ど選手が居なくなってしまった。エイ
ドでへたりこんで回復を待ち再び走ろうとするが再び最悪の気分状態。今日
3回目のダウンは強烈で、胃が痙攣してどうにもならない。
フラフラと立ち上がったところにライトを付けたMTBがやってきた。どう
も追い上げMTBらしい。「大丈夫ですか?」と女性スタッフ。「はあー、
なんとか」とありきたりの返事をする。「今、何時ですか?」ととぼけた質
問に「23時15分前ですよー」力水を分けて貰い少し気分が良くなったの
で下り坂を利用して少しづつ走り始める。周回チェックポイントへ連絡を取
りに行った彼女が再び伴走してくれ、IRONMANの話をする。彼女は、
TJでも有名な名取恵子さん。海外のIRONMANによく出ておられるよ
うで、昨年のコナでもお見かけしたのでした。
「そのままの調子で行けば間に合いますから」と言ってくれてもこの状態で
は少しどころかかなりヤバイ。「では、他の選手の様子も見てきますから」
と走り去っていった。
車の往来も途絶えて、他の選手も見えない。真っ暗な夜道で自分の所在を示
すのはピンクの発光スティックだけ。黄色の方が良かった。ブツブツ。しか
も誰にも会わない。どうやら最終走者になったみたいだ!!。
「もう、23時かあ。俺こんなとこで何してんだ。宮古の方が絶対楽だよ
な。IRONMAN二度と出えーへん」「まだ、IRONMANレベルじゃ
ないよな。クソ」と泣きが入る。そのうち、リベンジと言うことになると、
またこんな辛い思いをするのか。宮古は3年かかったし。完走までに何度も
この苦しみを味わうのかと思うと空恐ろしくなってきた。この苦しさは2度
とゴメンだ。それなら今日という日を後悔しないように最後まで走ろう。
トコトコ走っていると先行する韓国人選手に追い付く。「がんばりましょ
う」「ファイティーン」お互い言葉が通じないけど頑張ろうと励まし合う。
最後尾では無くなって最後のチェックポイントへ向かって登りを競歩で進
む。ここで先程抜いた韓国人選手が迫って来て「もう、時間がないぞ。急げ
!!」と急かす。「大丈夫だから先に行け」というと信じられないという表
情を残しつつスパートを掛けて走り去る。再び最終走者になったみたい。ヤ
バイ。
自分は最終チェックポイント通過後まで余力を温存しようとジワジワと競歩
で進む。長い長い、本当に長い登りの末に最終チェックを受ける。ここで忽
然と石田軍団のシャツを着た日本人選手が現れる。どっかで休んでいたの
か。頑張れ。
あとは、FINISH−LINEまで5.9km。もう時間は残されていな
い筈。体がブッ壊れてもいいから駆けて駆けて駆けまくろう。右膝の痛みは
耐え難いけど、後30分そこそこ耐えれば全てが終わるんだとスピードを上
げる。
暗がりの中、横には大型の救急車が追い上げ車代わりに赤青の回転灯を煌め
かせながら伴走している。目がチカチカするからやめてくれー。走り続けて
いると遠くに名取さんのMTBが伴走する選手が見えてきた。彼等に追い付
けば時間内完走出来る。なんとか追い付き追い抜くことが出来た。「復活し
ましたねー」「ハイ!!」更に飛ばして歩いている選手を抜く。遠くにライ
トアップされたロッテホテルが見える。行けるかも。
途中のエイド、警察官にお礼をいいながら必死に走る走る。(端から見ると
きっと走れてないと思う)夜空には星が瞬いている。周回コースから出ると
あとは下りのみ。
SWIM会場近くの水族館のトドの鳴き声が今は懐かしく聞こえる。あんだ
け安眠妨害してくれたのに今は遠くから出迎えてくれてるように思えて仕方
ない。遠くからウィットさんの声が10分を切ったと告げている。間に合っ
たか。ホテル前の道路で愛知の梅津さん、長野の梨本さんも飛び出してくれ
て一緒に走ってくれる。そして花道へ。照明が眩しすぎて何も見えない。そ
のうちタッチの手が差し出されているのに気が付く。タッチ!タッチ!同室
の畑田さん、チームメイトの買手屋さんの声も聞こえる、でも何処に?そし
て感激のFINISH。
IRONMANになってしまった。
記録は16:51:29。夜の23:51:29のFINISHでした。
メダルとタオルを掛けて貰い、レースディレクターの上田さんと握手。
みんなと早速記念撮影。宮古とは全く違ったFINISH。なんか、ウキウ
キしてる。けど、もうこんな辛いことは二度とゴメンだ。IRONMANキ
ライ!?(翌朝は180度反対の事を申しておりました)
マッサージを受けて、さて帰ろうかなと思ったら、終わってました。クラク
ラして立ち上がれませんでした。最後の最後でみなさん、すみません。深夜
2時まで医療テントで点滴ダブルを受けていまいました。スタッフ関係者の
みなさん、同行のみなさん、辻本さん、高田さん御夫妻、次回からはゴール
後も元気な佐藤でFINISH出来るよう目指します。
●その後
日本に帰ってきてRESULTをじっくり見てびっくりしました。出来るだ
けレース中に集中出来るよう時計もスピードメータをしない主義なので各関
門の通過時間を知らなかったのです。時計してても速くならないもんね。そ
れならいっそのこと外してしまえと。おまけに、BIKE関門の終了時刻ま
で知らないでレースをしているのだから、いい気なもんです。
因みに私の関門通過時刻は、SWIMが9分前。BIKEは7分前。最終F
INISHは8分31秒前。辻本さんの予想通りだったそうです。
レース出発の前の週に39度の高熱を出してしまい関空でも少しフラフラし
てたので、果たして完走できるか危惧してましたが帰ってこれて良かった。
きっと韓国での美味しい料理(プルコギ、ビビンバ、キムチ、朝鮮人参)で
超回復したのでしょう。完走出来たのが夢のようです。
アポロ計画の様に数千名にも及ぶ沢山のボランティア、スタッフ、そして応
援の方々に支えられて、やっとFINISH−LINEに立てたんだなと感
じ入っています。みなさん、ありがとうございました。
輝かしい私の記録が載っているページはDNFの方が大勢載っています。み
んな自分のベストを尽くし、7月2日という日にチェジュの島で一人一人の
ドラマがあったと思います。BIKE/RUNと併走しながら最後の最後で
力尽きてしまった人。RUNスタート時点で歩かざるを得なかった人。低水
温でのSWIMでコンディションを崩された方。私としてはDNFの方々に
想いが馳せます。次回こそ完走して!!
今回のチェジュ大会は前評判とは裏腹にアットホームな和気藹々とした楽し
い大会になったと思います。IRONMANなのに緊張感も無く、最後まで
楽しく走れました。大会スタッフのみなさんと地元韓国の方々には連日連夜
の徹夜作業でお疲れだったと思います。しかも、第一回大会で運営もさぞか
し気苦労が多かったのではないでしょうか。無形から有形を生み出すパワー
は大変なものです。韓国の方々の底力に感服しました。本当にありがとうご
ざいました。きっと宮古と張り合う人気大会になることは間違い無いと思い
ます。
食べ物も美味しいうえに健康食。沖縄のようにハマッてしまいました。機会
があれば次回も出場させて下さい。お願い!!