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○レース当日(7/02)

ゴール直後の梨本。少し不完全燃焼か。
レース当日 2000年 7月 2日(日曜日)
前日に打ち合わせていた通りに3:00に起床しました。同室の2人はあまりよく眠れなかったようですが、わたしはぐっすりと眠れ、さわやかな目覚めでした。まだ外は暗いのですが、昨日に比べると霧も出ておらず、よい天気になりそうです。
前日のうちにコンビニで大量に買い込んでいたパンを食べ始めていましたが、坂井さんのおくさんが多めにご飯を炊いて、おにぎりを作ってくれていました。あれば、やっぱり米の飯が食べたくなります。おにぎり2つに菓子パン4つ。夜中なのにおなかに詰め込んでいきます。
粉末のVAAMを溶かして、1包分はその場で飲み、残りの2包分は片方のボトルに入れました。バイクパートの最初に飲んで、エイドステーションでボトルを交換することにします。
4:15にボトルと自転車用のオイル、フロアポンプを持ってトランジットエリアに向かいます。前日夕方の豪雨で流れてしまっているであろうオイルを注さなければなりません。まだ暗い中ですが、レースディレクターの上田さんやメカニックの辻本さん始め、スタッフ達は大勢集まってきています。しかし、「人手が足りない」とのことで4:30になっても、フェンスの中には入れてもらえませんでした。韓国人スタッフと上田さんとの行き違い等もありましたが、大きな混乱にはならず、無事に自分のバイクに注油して、ボトルを付け、タイヤに空気を入れることができました。夜がしらじらと明けてきました。
10分も歩けば部屋に戻れるのは幸せなことです。入念にストレッチを行い、不安なふくらはぎにサロメチールをすり込みます。スイムのトラバッグを軽くするためにウエットスーツも下だけ身につけて、6:00に再度部屋を出ました。いよいよスタートです。
6:15にはスイムのチェックインが始まります。念のために一番乗りでビーチに降り、簡易トイレで用を足します。時間に余裕があるので念入りにアップして心拍数を高める積りです。ところが沖まで出て、コース通りに右へ泳いでいくと設置されたブイで行く手が阻まれてしまい、かなりの距離を泳ぐことになってしまいました。しかし、ここで上陸地点を見ておいたことで、レース中も残りの距離を見当付けることができました。
ビーチに戻ると、梅津さんや畑田さん、中村さんの顔がありました。一応真ん中辺のタイムのグループ、「1h20'」というプラカードの位置に並ぶことにします。
日本語に堪能なウイットさんのMCによって、招待選手が一人ずつ紹介されます。緊張をほぐすためか、力任せの拍手が響きます。韓国語によるカウントダウン「…オ、サッ、サン、イー、イル !」に続いてドラの音が鳴り響き、アイアンマン・アジアがスタートしました。
喚声を上げて選手が次々と海の中に入っていきます。水温の低さは全く気になりません。前日まで2日間、朝の同じ時間帯に泳いでみた結果、キャップの2枚重ねも必要ないと判断しました。アップの効果もあるのでしょうが、前日までよりも水温が高い気がします。
バトルは皆無ではないのですが、ほとんど苦になりません。同じ力の選手達同士で並んでいるためというより、長丁場ゆえに余計な力を使わないようにしているのでしょう。ショートだとなかなかできない左右両方での呼吸でマイペースを維持します。海水のため、ヘッドアップも非常に楽です。集団の左端近くに位置しながら、適当な距離を保って付いていきます。
沖に出ると海面には深いガスがたれ込めて、目標の「漁船」はおろか、ブイさえも見えません。ただ集団の行く方向を追って進んでいきます。
レース後に知ったのですが、後ろからスタートした一団は、折り返し点を大きく通り過ぎてしまったようです。1周目に「1km近く長く泳いでるぞ」と指摘されたのは吉冨さんです。
いつになく冷静に泳いでいるため、満腹感が少しつらく感じられてきました。詰め込み過ぎかもしれません。
「ウエット着て泳ぎながらだと、おしっこしにくいですよね」などという話を聞いたのを思い出して挑戦してみます。案外簡単にできました。
集団の左端を回っているため、少し大回りしていたかもしれませんが、なんとか岸が見えてきました。1周目は42'30"と予定よりは遅れてしまいました。ゴムバンドを気にして、右手首から左に付け替えながら見ると、ストップウォッチがとまっていることに気づきました。2周目最初のバトルだったのでしょうか。7:00スタートですから時間はわかります。
8:27にスイムアップしてトランジットに向かいます。テントの中はアンモニア臭が立ち込めています。外は日差しが強くなっているようです。あまり疲れは感じられません。上下をバイクジャージに着替えて、テントを出るときに中村さんの姿が見えました。元気そうです。
今は晴れているとはいえ、長丁場ですので一応レインコートもジャージのポケットに入れていきます。結果的には必要ありませんでしたが。
バイクコースは最初からかなりの急坂です。トランジットエリアでもバナナをもらって食べたのですが、すでに空腹を覚えています。持参した一口ようかんとカーボショッツを食べて、VAAMのボトルを飲みながら進みます。
路面はきれいに整備されており、整然とした交通整理のおかげでスムーズに走れます。「IRONMANのレースを走っているんだ」という実感がはじめて沸いてきました。わくわくするような感動を覚えながらライディングします。
下り坂も頻繁にあるため、当初考えていた「ずっとインナー」作戦は早々に撤回してアウターに入れました。
競技説明会で「片側3車線の道路です」と聞いて、間違いだろうと思っていたのですが、本当に6車線幅の広い道路でした。ここを右側通行、一番センター寄りの車線で進みます。ボランティアなのでしょうか、揃いの服で沿道に立っている方や、住民の声援がとてもうれしく感じられます。できるだけ片手を挙げて、「ゴマッスムニダ」余裕のないときには笑顔で「ネー」だけ叫びながら通過します。そのたびに元気が出てくる気がします。
前日の雨でサイクルメータが動かなくなっていました。距離表示がたまにしか進まないため、15kmごとのエイドステーションが頼りです。これは正確に配置してあったのでしょうか、それぞれを29分前後で通過しているため、時速30kmちょっとをキープできていると判断します。
90kmをすぎると、済州市の海岸沿いにコースを取ります。海と、海岸に植えられた草花がとても美しく、疲れも手伝って夢のような気分です。事前に160kmほどのバイクライドを2回行っているのですが、そのときには起こらなかったサドル付近の痛みが出てきました。たまにダンシングしたり、腰をひねって伸ばしたりしながら紛らわせます。
また、めったにないことなのですが、DHバーのアームレストがぐらつき始めてきました。練習も含めて何度も脱着したのが原因かもしれません。止まって締めなおそうかとも思いましたが、せっかくイーブンペースで進んでいるのが惜しく、そのまま走ることにします。
坂はだらだらとした上りと下りが連続するようになってきました。こまめにインナーとアウターを切り替えて、不安のある右脚にダメージがこないようにします。120kmを過ぎるとかなり消耗してきました。
今回は一口ようかんを5つポケットに入れていきました。30kmごとに口に入れ、エイドステーションではバナナを必ずもらうようにしているため、空腹感はありません。ロングの経験豊富な友人、笠原くんや牧さんからも「とにかく食べることが大事」とのアドバイスをもらっていましたので、梅干とフィルムケースに入れた練り梅も口に運んでいます。
エイドステーションが近づくと、大声で「ムル、ムル、ムル、ジュセヨ!」と叫んで水のボトルを渡してもらいます。15kmごとに1本ずつ交換していきます。ボランティアの人たちも確実に手渡ししてくれるため、全てのエイドステーションで十分な補給を受けることができました。本当にありがたいことです。
気持ちは全く衰えないのですが、姿勢はますます苦しくなり、シューズの中の足も痛み出してきました。捻挫した右足首は大丈夫のようです。
170km付近で見覚えのあるバイクを抜きました。振り返ると宮下さんです。「もうダメだ〜」と言っていますが、声は元気で顔は笑っています。4月の宮古島ではランパートで4時間を切り、トータルでも10時間以内で走っている宮下さんです。ランまでに差をつけることにしてスピードアップします。
少し進んだ住宅地で、鳥の群れが自転車に驚いて飛び立ちました。一羽が何を間違えたか前輪に飛び込んできました。バシッと音がして振り向くと路上で羽ばたいていますが飛び立てないようです。このスピードで走る自転車はあまり見慣れないのでしょうか。韓国の小鳥の無事を祈って先を進みます。
そろそろバイクのゴールは近いはずなのですが、ここから長い上り坂が続きます。「あそこが頂上か」と踏ん張るのですが、上ってみると少し下って次の上り坂が待っているという感じです。やっとの思いで「西帰浦(ソグィポ)市」の入り口までたどり着きました。中文リゾートの中を進むと、すでにランパートに入っている選手が見えてきました。ランコースと並走してトランジットに向かうのですが、これが延々と続きます。このランは手ごわそうです。
バイクを降りるとかなり気温が上がっているのがわかります。テント内ではゆっくりとランウェアに着替えて、摩擦防止のディクトンムースや、用意したサプリメント、吉冨さんからいただいたアミノバイタルプロまで服用してスタートです。
最初に橋をわたって折り返すコースがありますが、すでにここで3人に抜かれます。しかもそのうち2人は女性です。しかし、到底そのペースにはついていけないと判断して、マイペースを保ち、いよいよ片道6kmの3往復コースに出て行きます。
心配していたのですが、沿道には距離表示がなく、自分のペースを知ることができません。エイドステーションが2kmおきにあるということを思い出して、その間隔で計ります。1km6分を少しオーバーしているようですが、上りと下りが連続するコースのため、もっとペースダウンするところもあるようです。上り坂では脚が止まりそうになりますが、とにかく歩かないように根性で脚を進めます。折り返しに来ると、スタッフが手首を見て周回を示すゴムバンドを手渡してくれます。1往復目では早くも3周回を終えた田村選手が「どっちに行けばいいのー?」と叫んでいるのを見ました。なるほど走りの元気なトップ選手はすでに色とりどりのゴムバンドを手に走っています。
2周回目で、9000Vを駆るトップアマの大橋選手に抜かれます。力強い走りでみるみるうちに遠ざかっていきました。中村さん、宮下さんとも周回ごとにすれ違います。さすがに消耗しています。
エイドステーションでは、水をかぶらせてくれるサービスもあるのですが、すぐにマメができる足のため、濡らしたくなく大回りして避けることにします。バイクでは赤い色のゲータレードだったのですが、ランでは緑色になりました。クッキーが喉を通りそうもなかったため、バナナとゲータレードで糖分を補給しながら周回を重ねます。
時刻は5:00になり、日もかげってきました。ラン用のシングレットで腹が冷えたのか、ランパートの半分とおぼしき辺りで便意を催してきました。前の周回で、沿道のガソリンスタンドにトイレがあるのを見ていたのですが、さて紙はあるのでしょうか。悩んだ末に万一を考えて、エイドステーションで食べたバナナの皮を背中に入れたまま、ガソリンスタンドに入ります。
「ファザンシル、オデイムニカ?」と、再優先で覚えた韓国語を初めて使いました。でもどこにあるのかは明白だったのですが。入り口でパトカーを停めている警官が笑って、トイレを指差してくれます。
中は思いのほかきれいな水洗で、予備もふくめてちゃんとトイレットペーパーがありました。しゃがんで幸せな気分にひたりながら、IRONMANの完走を確信しました。
身も軽くなり、元気を取り戻して最後の周回に入ります。6本目のゴムバンドを渡されたときにスタッフから「フィニッシュ!」と声をかけられました。ところがここから悪夢の往復コースを離脱するには、まだ3km近く走らなければなりません。ふとももはパンパンになっており、一歩ごとに鈍い痛みを感じます。そのときはるか彼方にゴールのロッテホテルが夕日に照らされて見えました。「あそこまで行くのか〜」
気を取り直して坂を下っていくと、見覚えのあるランナーが足取りも軽く抜いていきました。ところが続く上り坂では極端にペースダウンしており、追いつくことができました。関西空港のロビーで知り合いになった藤田さんです。並走して少ししゃべったはずなのですが、今となってはその内容が全く思い出せません。
往復コースの中ほどまで行くと、係員がランナーのゴムバンドを調べてゴールへと誘導してくれます。ここではこちらから「フィニッシュ、フィニッシュ!」と叫んでゴムバンドを振りかざし、右折します。もう一刻も早くこのコースから離れたい一心です。
こんなに急だっだかなと思うほどの下り坂です。藤田さんは下りが得意のようではるか前方を走っています。最後のエイドステーションでスポンジをもらって、体をぬぐい、髪をなでつけてゴール前の身づくろいをします。そんな間にも1人、2人と抜かれていきますが競り合う気も起きません。沿道の観衆が増え、切れ目がなくなってきました。これで終わってしまうんだな、とちょっとさびしい気持ちがよぎりました。
19:16、ロッテホテルにゴールイン。明るいうちにゴールできました。中村さんの奥さんが写真を撮ってくれました。余韻にひたるのもそこそこに、日本に電話を入れるため、早々に隣接する宿に戻りました。平気で走れる自分にちょっと驚きながらも、解放感と達成感と、「もうちょっと追いこめたかな」という反省じみた気持ちを味わいながら部屋に戻りました。「もしもし、完走したぜ」

何とか明るいうちにゴールすることができました。太腿はバイク焼けしています。

ゴール脇には医務室のテントがあり、マッサージを受けることができます。

ゴールする選手を待ち受ける観客たち。

選手の国籍も様々です。

夫婦?で旗を持ってのゴール。

通りすぎてから撮ったのですが、トップアマの大橋康治さん。バイクを引き取って帰るところです。

はい、すみません。やり直し。

こういうふうに撮りたかったのでした。私の左腕には、周回を証明するゴムバンドと選手の証のリストバンドが。

ゴールにも多数の現地スタッフが待機しています。

レースディレクターの上田さん。この方の情熱なしには成立しなかった大会です。

ゴール直後に倒れる選手も多くなってきました。

フィニッシャーズタオルをかけてもらって、医療テントに誘導されて行きます。

ゴールを待っていた家族と記念写真。はるばる来た甲斐がありました。

ゴールゲートにも多数のスポンサーが記されています。

完走者が1人ずつ増えるたびに、上田さんの苦労が報われていきます。

吉冨さん、感動のゴールです。アイアンマンの重さを感じさせてくれる光景でした。

昨年の宮古島に続いてのロング完走。おめでとうございます。

中村さんも元気にゴールです。奥さんとの同伴ゴールを果たしました。

この頃ゴールする選手は、医務室で点滴を受ける人も多くなってきました。

選手のIDカードの代わりとなるのがこのリストバンドです。レジストレーションの時からずっとつけています。

「TailEnder」佐藤さんはタイムリミット8分前にゴールしました。

多くの仲間が佐藤さんを待っていました。

比較的に元気な私たち。前列が梨本。後ろは高田さん、愛知の梅津さん、畑田さん。

ウイットさんにとっても、MCし続けの長い一日が終ろうとしています。制限時間へのカウントダウン。

ついにIRONMAN ASIAが終りました。

大会関係者へのオベーションが続きます。

ゴールゲートの灯りも消えて行きます。