若き剣士はその道を行く。
 剣士には頼るべき知り合いも、愛すべき肉親も、笑いあえる友もいない。
 腰には愛用の剣、それだけが唯一信じられる旅の道連れだった。
 その剣で剣士は無数の人々を斬り捨ててきた。
 時には女子供でも。
 剣士は生きる為に人を斬った。
 後悔は全く ――それこそ一片も―― 無い。
 生きる為には綺麗事を並べてばかりではいられない。
 剣士はそれを知っていた。

 剣士には目指す所があった。
 誰もが一目を置く剣の使い手になる事。
 幼い時からその夢に向かい、剣術の鍛錬を続けていた。
 朧気に覚えている父親は立派な体躯の持ち主だった。
 顔は覚えていないが、体付きは良かった事だけは覚えている。
 可笑しな話だと剣士は内心笑った。

 父も母もいない。
 気付いたら旅をしていた。
 乞食の真似事や盗人の真似事もした。剣を盗み、雇われ兵にもなった。
 生きる為に仕方なかった。
 生きる為に人を殺した。
 それを言い訳にするつもりはない。
 もしも殺した奴の肉親が、俺を家族の仇だと言って殺しにきたとしても俺は仕方ないと思う。
 だが、俺はそいつ等に同情するつもりも無い。
 俺を殺すつもりでかかってくるならば、俺もそいつ等を殺すつもりで迎え撃つ。
 死ぬのはごめんだ。








 剣士は立ち止まる。
 生い茂った木々の先で人の気配がする。
 夕暮れにはなっていないが、それに近い時刻だ。
 野盗でも潜んでいるのか。
 剣士はそう思い、いつでも剣が抜けるように構えながらそれを確かめるために茂みに入っていった。
 剣士は鬱蒼とした森の中を慎重に足を運ぶ。
 遠くはない所で誰かが何かをしている。
 相手は1人か、それに近い数だと剣士は気付いた。
 相手がその辺りにいるような野盗で、単体に近い数ならば不意打ちを食らわない限りは負けはない。
 剣士にはその自信があった。しかし、その自信が油断へと繋がった。
 ぱきん、と落ちていた枝を踏み鳴らした瞬間、剣士は、しまった、と思った。
 その音で、気配の人物も剣士に気付いたらしく、ゆっくりと近付いてくる。
 剣士は剣を抜き放ち、気配の方向に剣を構えた。
 そして茂みを掻き分け、気配の人物が現れた。それと同時に剣士は人物の首を目掛け、剣を振るった。
 しかし、その姿を認めた瞬間、剣士は驚きの声を上げかけた。
「っ…!」
 剣士は振るった剣の進行方向を無理矢理捻じ曲げる。
 ドッ、と言う音と共に剣は、跳ね飛ばすはずだった首を上に逸れ、巨木に食い込んだ。
 その人物は驚きのあまり、声も出なかった。
 顔面蒼白になりながらも、手に持った籠だけは落とすまいと握り締めていた。
 その無事を確認すると剣士は額に浮かんだ汗を拭い、詫びの言葉を人物に送った。
「すまない。野盗かと思った」
 簡単な言葉だが、剣士にとってそれが精一杯の詫びの言葉だった。
 目を剥いたまま、人物は震えていた。
 それを見た剣士は先程よりも ――多少は―― すまなそうに頭を下げた。


 その人物は、剣士よりも頭1つ分ほど小さな少女である。
 長い髪は結ってあり、赤毛がよく似合っている。
 粗雑な衣服に身を包み、一見すれば浮浪者にも見紛うような身形ではあったが美しい少女だった。
「…………」
 少女は息を整えようと胸を上下させ、巨木に食いこんだ剣をどうにか抜き、鞘に収めている剣士の方を凝視していた。
 少女は意を決した様に剣士に話しかけた。
「わ………」
 声が震えて言葉にならない。それでも勇気を振り絞り言った。
「わたしを………殺すんですか?」
 それを聞いた剣士は無表情のまま ――しかしどこか呆れたような感じで―― 首を振り、答えた。
「殺さない。あんたが俺を殺そうとしない限り」
「よかった……」
 強張った顔が多少和み、安堵の溜息を付き、少女はほっと胸を撫で下ろした。
「こんな所で何をしている? こんな所に1人でいると野盗に襲われるぞ」
 剣士は言う。すると少女は手に持った籠の中を剣士に見せる。
 籠の中に布が敷いてあり、そこには大きさも色もまちまちだが、小さな粒が籠の中で山になっている。
「お花の種」
 訝しげな視線を中身に送っている剣士に、少女は言う。しかし、その中身を見た剣士は更に訝しげな顔になった。
「食えるのか?」
「いいえ、食べれません」
 即答した少女に剣士は更に質問する。
「薬草なのか?」
「いいえ、ただのお花の種です」
 その言葉にただただ眉をひそめるだけの剣士である。
 無理もない。剣士にとって価値があるのは自分に有益となる物である。
 薬草にも、食べれもしない花の種を大事に抱える少女の考えている事が分からないのだ。
「その種をどうする?」
「蒔くんです、お花が咲くように」
「咲かせてどうする?」
 当然のように訊ねる剣士に向かい、少女は小さく微笑みながら訊ね返した。
「お花は好きですか?」
「好きじゃあない。食えないから」
「それじゃあ、食べれるお花は好きですか?」
「食った事ないから分からない」
 まるで冗談のような問答だが、本人達はいたって真面目である。
 少女は小さく笑った。
 剣士の方は何が可笑しいのか、と言うような目で少女を見ていた。
 少女はぺこりと剣士に頭を下げると、そのまま茂みの奥へと駆けていってしまう。
 剣士はその少女を止めるわけでもなく、ただ見送っていた。
 そして、剣士は少女が駆けていった方角とは逆の方へと足を向けた。



































 しかし、物語は剣士と花の少女に再び邂逅の時を与える。


























 夜の闇を縫い、村を焼く炎が揺らぐ。
 兵の中の1人が火を放ったのだ。逃げ惑う人々、それを追い立て殺す兵。
 誰かが逃げ惑う子供を斬れば、その母親が半狂乱で叫ぶ。その母親をも斬り捨て、その断末魔の叫びを音楽を楽しむように聴く兵達。
 その中に剣士は居た。
 返り血に赤く染まり、ただ黙々と作業を続けている。

 剣士は雇われた。
 それは身形の良い貴族だった。
 近くにある盗賊達の集落を壊滅させてくれと、貴族はそう言った。
 剣士は引き受けた。
 依頼料も破格であり、その貴族が一声かけただけで数十人の部隊が出来た。


 剣士にとって、この村が本当に盗賊達の集落かどうか甚だ疑問ではあったが、殆ど気にはしなかった。
 やる事に変わりは無い。周りの人間もそうだ。
 どこで集めたか知らないが、よくもこれだけの阿呆どもを集めたものだ。
 剣士は顔の返り血を拭い、そう思う。
 ある者は狩りを楽しむかのように男を追いまわし、矢を放つ。
 命中した人が倒れるとその身体を踏み付けにし、槍で手や足など急所にはほど遠い場所に突き刺す。
 痛みに悶絶する男を楽しそうに見やり、舌なめずりしている。

 またある者は若い村娘を捕まえ、無理矢理手篭めにしていた。
 そして事が済ませてしまえば剣で斬り捨て、新たな慰みものを探す。



 人の所業とは思えない、まさに地獄絵図である。


 剣士はまだ無事に残っている家へと踏み込んだ。
 そこには老夫婦が部屋の隅で身を寄せ合って祈りを捧げていた。
 剣士はその老夫婦に抜き身の剣を引っ提げ、歩み寄った。
「私等は年老いた身ゆえ未練はありませぬ。しかし……どうか、どうか、孫娘にはご慈悲を………」
 老いた男は跪き、剣士に懇願した。
「皆殺しにしろと言う命令だ。すまんがその言葉は聞けん」
 剣士が剣を構え、ゆっくりと振り上げる。相手を苦しめる殺しはしない主義だ。剣士は一撃で相手の首を飛ばすつもりである。
 しかし。
「やめてぇっ!」
 赤毛の少女が老夫婦と剣士の間に立ちはだかった。剣士はその顔を見て、言葉を失う。
 忘れていた、確かに今の今まで思い出す事もなかった。
 今、思い出した。一言二言会話を交した事がある、森であった少女だ。
「やめてくださいっ! お願いっ、おじいちゃんとおばあちゃんを殺さないでっ!」
 一瞬だが、剣士に気の迷いが生じた。その一瞬の出来事だった。
 別の男が家に乱入し、手に持つ剣を老女の胸を突き刺し、返す刃で年老いた男を斬り捨てたのだ。
 血が室内に雨のように降り注ぐ。
「いっ…………」
 むせ返るような血臭。剣士には嗅ぎ慣れた匂いだが、少女にとって初めて嗅ぐ、強烈な吐き気の伴う匂いだった。
「嫌ああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
 少女は血まみれになった老夫婦の亡骸に縋り付き、泣き叫んだ。
 それが気に食わなかったのか、乱入してきた男はその幼い少女を獲物として捉えた。
 剣をゆっくりと振り被り、少女の足を目掛けて振り下ろした。いきなり首を狙わなかったのは、相手ののた打ち回る様を見るためだ。
 男の剣は金属音を鳴らし、弾かれた。
 それを男が認識した時には、その男の首は胴体から切り離されていた。
 はねられた男の首がごろりと床を転がる。続いて男の身体は血飛沫を飛ばしながらばたりと床に倒れる。

 剣士は咄嗟に自分が何をしたのか分からなかった。
 老夫婦が殺された時、吐き気がした。続いて体が熱くなり、衝動のみに突き動かされていた。
 気付いたときには剣が男の首をはね、男の血を浴びていた。

「おじいちゃぁんっ! おばあちゃんっ!」
 亡骸に縋り付いて少女は泣いていた。剣士は血の滴る剣を持ったまま、少女の手を取り、無理矢理立たせた。
「いつまでそうしている? 逃げなければ他の奴に―――」
 殺されるぞ?
 そう続けるはずだった言葉を飲みこみ、剣士は唖然とした。
 自分がそうだったはずだ。
 自分も『他の奴』と同類のはずだ。そう、いつ少女を殺してもおかしくはないのだ。
 剣を持つ手が振るえていた。何故かは分からない。
 怒っているようにも、怯えているようにも思えた。
 しかし、『何に』怒っているのか、『何に』怯えているのかが全く分からなかった。

「逃げるぞ……」
 手を引き、剣士はその家を出ようとする。しかし、少女は泣きながらいやいやと首を振るだけだった。
「逃げるんだっ!」
 激しく叱責し、剣士は篭手をしていない左手で少女の頬を打つ。
 多少は手加減していたにしろ、それでもかなりの力が篭っており、派手な音がする。
 少女はその一撃で放心したのか、ただ立ち尽くしている。剣士はその少女を担ぎ上げ、そのままその家から逃げた。
 少しでも遠くへと――


 村を一望できる小高い丘に一気に駆け上り、剣士は少女を ――お世辞にも丁寧と言えないほどぞんざいに―― 下ろし、倒れ込んだ。
 汗をかき、息を切らし、心臓が破けそうなくらいに走った。
 革鎧を脱ぎ捨て、いつもの胴着と剣だけの姿になると大きく息を吸い、息を整えた。
 ちらり、と横目で少女を見る。
 少女は茫然自失のまま、燃える村を見ていた。光の宿らぬ瞳の中で炎が揺れた。
 そして次第に意識がはっきりしていくにしたがい、少女は涙を流して、大声で泣いた。

 ――既に、村は炎に巻かれていた――











 数刻後、2人は村へと戻って見ると、そこは凄惨な有様だった。
 老若男女問わず、至る所に死体が横たわっている。酷いものになると、腕や足と言う身体の一部分が人形のように切り離されている。
 遊び半分で人殺しをしていたのがよく分かる。


 剣士は覚悟を決めて人を斬る。それが剣士の信念だ。
 しかし、先ほどまでこの町を襲っていた男達はそんな信念は持ち合わせていない。
 人一人殺す事の重大さに気付いておらず、もしも自分が殺した人間の肉親が殺しにやってきたとしたら――
 それがもし、自分よりも強い人間だったら、恥も外聞もなく命乞いをするだろう。
 貫くべき信念のない男達はただ殺人を楽しんだだけであり、後に残ったのは陰惨な光景だけだった。



 少女は自分の家へと戻っていた。
 しかし、そこに家は存在しなかった。
 火が放たれ、既に家は炭と化していた。その中に居た人物の亡骸など既に燃え尽きてしまっているだろう。
 少女はその場に膝を付き、大声を上げて涙を流した。
 生きる人々のいなくなった静かな村で、その声だけがいつまでもいつまでも途絶える事は無かった。














 夜が明け、燻りつづけていた村もようやく鎮火した。
 剣士は身体の奥底に今まで感じた事のない種類の遣る瀬無さを感じていた。
 殺す事を躊躇った事は無い。躊躇えば躊躇っただけ、自分の命が危うくなる。それを剣士は知っている。
 後悔もしない。そのはずだった。
 しかし、今は剣士の心にほんの小さなわだかまりが残っていた。


 少女は泣き腫らした目で、村の外れに穴を掘り始めた。
 力のない少女で、しかも道具もなく、落ちていた太い木の枝での作業である。
 汗の雫を額に浮かべ、それでも少女は必死に穴を掘っていた。
「何をしている?」
 剣士は尋ねた。少女は作業に没頭し、答えようとはしない。少女は剣士の事が憎かった。
 祖父母を殺そうとした事、村を襲った事、全てが憎んでも憎みきれないほどの憎悪になっていた。
「何を、している?」
 剣士は再び尋ねた。それでも少女は答えようとはしない。
 答えようとしない少女に言葉をかける事を諦めたのか、剣士は背を向け、森の方へと歩き出した。

 少女の作業は数刻もの間続けられた。
 朝から昼、そして昼から夕方。

 どうにか村の人数分の、人一人が入りそうなくらいの大きさの穴が出来た。
 少女の手には血豆が出来、すでに潰れていた。
 痛みを堪えながら、蹂躙された村人一人一人の身体を穴へと、丁寧に寝かせ、埋葬していった。
 その作業は翌朝まで続いた。

















 朝日が昇る頃には、村人全ての埋葬が終わった。
 埋葬が終わっても、愛しい人は帰ってこない。
 それどころか、余計に悲しくなってくる。
 これほどの小さな村で知らない人など居ない。隣に住んでいた同い年の友達、優しくしてくれたパン屋のおばさん。
 綺麗だったお姉さん。働き者だったお兄さん。

 それの、変わり果てた姿を全て目の当たりにしながら埋葬作業をしていたのだった。
 少女の心に深い、とても深い傷が刻まれた。









 剣士が戻ってきた時には少女は自らの作った村人達の墓の前で蹲り、虚ろな瞳であらぬ方向を見ていた。
 剣士が隣に立っているのにも気付かず、祈りの言葉か、または呪詛の言葉かを小声で呟いている。
 見るものが見たら、すでに『壊れて』いると思っただろう。
 剣士は何も言わなかった。
 何も言わず、その場に回りの土ごと持ってきた花を墓に植えた。
「……お花……」
 虚ろな目がその花だけは捉えた。
 そしてその目を剣士に向ける。

 剣士は土や草で汚れた格好をしていた。
 汗をかき、全身を泥まみれ、草まみれになっていた。
「……このお花を探してくれていたんですか…?」
 剣士は否定も肯定もしなかった。
 ただ、腰に帯びている剣を外して地に置き、その血と土と草で汚れた身体をその場に投げ出し、横になって眠りに付いた。
 夜通しの作業だったのだろう。
 剣士は剣術は得意でもどの花がどの辺りに生えているか、どのように持っていけばいいかは全く知らない。
 1晩中、少し先も見通せぬ暗い森の中を花を探して歩き回っていた。
 剣士はそれが詫びや慰めになるとは思っていない。
 墓前には花が要るだろうという、彼なりの常識的な行動だった。

 2日も眠っていなかったせいか、眠りはすぐに訪れた。
 彼にしては恐ろしいくらい無防備な格好だった。
 少女はそっと寝ている男に近付き、剣を拾い上げた。
 ずしりと重い、それでも少女は鞘から剣を抜き去り、逆手に持ち、切っ先を男の首に向けた。
 直接的な家族の仇では無いにしても、許せないものは許せない。
 殺そうとした瞬間、剣士の持ってきた花が視界のすみに入った。

 赤い花が朝の風に揺れる。





 ――殺そうと思っていたのに――
 少女の目から涙が溢れてきた。
 剣士を殺そうと思えば思うほど涙が溢れて、視界が霞む。
 結局、少女は剣士を殺す事は出来なかった。












 剣士は目を覚ました時には日が傾いていた。
 腹が減っていた。
 ここ数日、まともな食べ物は食べていなかった事を剣士は思い出した。
 と、鼻腔を付く食べ物の匂いがする。
 剣を持ち、匂いの元へと歩いていった。

 そこには火を焚き、料理をしている少女の姿があった。
 起きてきた剣士の姿を認め、小さく微笑んだ。
 その笑みには敵意は無く、剣士を困惑させるに十分なものだった。

 起きた時にはもう少女は居ないものと ――最悪の場合、起きる前に自分の剣で殺されていると―― 思っていた。
 しかし、少女は自分を殺す事も、何処かへ消える事も無かった。
「何故だ…?」
 口を付いて出た言葉。
 その意味を察したのか、少女は答えた。
「あなたは仇じゃありませんから…」
「だが、俺はこの村の人間を何人か殺した」
 剣士は言う。
「………正直言うと、あなたが寝ているうちに殺そうとしました…」
「何故やめた?」
 剣士は怒ってはいなかった。ただ不思議そうだった。
「……わたしは、死にたくありませんから…」
 その言葉に剣士は呆れた様子で言った。
「殺してしまえば俺はあんたを殺す事なんか出来ない」
 まさに死人に口無しである。死んだ人間は復讐する事も、相手を呪い殺す事も出来ない。
 死は死なのだ。そこで終わる。
「あなたの家族に……殺されます」
 少女は悲しげに言った。
 剣士は再度反論しようとした。
 自分に家族は居ない、と。
 しかし少女の表情を見た時、その言葉を飲みこんだ。
 少女は暗に言っていたのだ。
 どんな人にも家族いるのだ、と。

 死んだ本人は復讐する事もままならない。
 しかし、家族は復讐をする事が出来る。その殺された本人が復讐を望むにしろ、望まないにしろ。
 だが、それは連鎖する。
 殺された人の家族が殺した人を殺す。
 殺した人を殺した人がさらに殺される。
 それは無限に繰り返し、憎しみが憎しみを生む。

「あなたを殺したいとは思ってます……でも、殺そうとすればあなたはわたしを殺すでしょう?」
 剣士は答えなかった。
 答えられなかったのだ。
 答えが分からない。

 もしかしたら、そのまま死を受け入れるのかもしれない。
 逆に、死を受け入れずに少女を迎え撃ち、殺すかもしれない。
 剣士にはその答えが分からなかった。

 少女の用意してくれた料理は剣士を満足させるにたるものだった。
「これ、食べられるお花が入ってるんです」
 少女は言う。
「お花は好きですか?」
 その問いに剣士は答えを出せなかった。
























 頭の中でぐるぐると何かが回っていた。



 血。
 炎。
 花。
 剣。


 人。





 血溜まりに倒れる人。
 子供の時に見た風景。
 その頃は生きる事に必死だった。
 生きる為には何でもしてきた。
 剣を盗んだ。
 剣さえ持っていれば兵として雇ってもらえる。
 戦いの最中で逃げ、物陰に隠れていればよかった。
 戦争が終わった後で何食わぬ顔をして金を貰うつもりだった。
 ただ1つの誤算は敵が不意打ちをかけてきた事だ。
 逃げようにも逃げられなかった。
 敵が襲いかかってくる。
 恐ろしかった。
 俺は襲い来る敵にただがむしゃらに剣を振るった。
 気付いて目を開けた時、人が血溜りに伏していた。

 俺は幾度もその剣で人を斬り、殺してきた。
 生きる為の他の人間の命を犠牲にしてきた。

 戦いの中で腕は磨かれていった。
 剣など何時の間にか手に馴染むようになっていった。
 初めて返り血を浴びた時、その匂いが気持ち悪かった。
 洗っても洗っても、何度洗おうとも血の匂いは落ちなかった。
 次第にその匂いにも慣れてきてしまった。
 殺す事にも慣れてしまった。

 しかし、信念だけは失いたくない。
 人を殺める事の重みだけは忘れたくない。
 そう思っていた。






















 朝になり、剣士はその村を発った。
 その後ろに少女が着いてきていた。
 剣士は何も言わない、少女も何も説明しない。









 野宿する時は少女が料理を作った。
 剣士の方も多少なら料理も作れるのだが、少女が作ると言って聞かないのだ。
 少女は以前のように花の種を集めて回った。
 それを自分で作った布の袋の中に詰めた。




 剣士は人を斬る事を止めなかった。
 少女も分かっていた。
 剣士が人を斬る事が止められないのだと言う事を。
 そして知った。
 剣士が信念を持っている人間と言う事を。






 少女は剣士が斬った人の亡骸を埋葬する。
 そこへ花の種も一緒に埋めた。
 剣士は何も言わない。手伝いもしなかった。




「何故種を埋める?」
 剣士が問うと少女は小さく微笑むだけで答えなかった。

















 そうして2人が同じ時を過ごす内、事件は起きた。

















 それは剣士が目を離した隙だった。
 少女は男達に無理矢理人のいない場所に連れ込まれ、手込めにされたのだった。


 剣士が少女を見つけたのは男達が用済みとなった少女を殺そうとしている場面だった。
 それを目の当たりにした瞬間、全身の毛が逆立った。
 怒りと憎しみが剣士の身体を支配した。
 剣を手に男達に襲い掛かった。
 男達は呆気なく斬り伏せられ、息絶えていった。
 剣士はそれでも怒りは収まらなかった。
 それまで、これほどまでに怒りを覚えた事は無かった。
 幾ら殺しても殺したりないほどの怒り。

 珍しくも無い事だった。
 戦争の時など負けた国では女が蹂躙されるのは当たり前の光景だった。

 少女は破かれた服を拾い上げ、嗚咽を堪えながら剣士を見た。
 怒りの形相も凄まじく、殺気立っている剣士の姿を。
 少女は不思議と怖いとは思わなかった。
 剣士は自分の着ていた外套を少女に着せた。

 剣士の外套を纏った少女は自分に乱暴を働いた男達の亡骸を埋葬するために穴を掘り始めた。


 その姿に剣士は更に怒りを覚えた。
「何故そんな事をするんだっ!」
 剣士は叫んでいた。少女は答えずにただ地面を掘っていた。
「お前を犯した外道だぞっ! そんな事をしてやる必要は……」
 そんな必要は無い、剣士はそう思っていた。しかし、
「この人達だって、生きてたんです…」
 小さな、嗚咽を堪えた声で少女は言う。
「生きていたんです……。この人達だって……」
 涙を頬に伝わせ、少女は言う。
 少女は男達の身体を埋葬するとそこに花の種を埋めた。
「何故だ…? 何故そこまで……」
「――お花に生まれ変わるんです………」
「何だと…?」
 剣士が言うと少女ははっきりと答えた。
「お花に生まれ変わるんです……。死んだ人と一緒に……種を埋めると……その人は…」
 口にはしないが、それはただの戯言だと剣士は思った。
「わたしの………お父さんとお母さんも……お花に生まれ変わったんです……」
 それ以上、少女は何も言わなかった。
 剣士も、もう何も言わずにその作業を手伝う事にした。






















 ねぇ、知ってる?
 お花はね、昔の人の生まれ変わりなの。
 生まれ変わった人は綺麗なお花を咲かせるの。
 だから、お花は大切にしなさいね。
 お花になった人は今までの罪も全て消えて綺麗になるの。
 お花は綺麗でしょう?
 それはね、その人の心を写しているからなの。
 その人の心が綺麗なら、お花はとても綺麗に咲くの。





















 剣士は少し変わった。
 人を斬った後、手伝おうともしなかった埋葬作業を手伝うようになった。
 それでも、剣士は人を斬る事を止めない。
 生きる為には仕方なかった。
 そうなのだ。
 人を殺さねば、自分が死んでしまうこんな時代だから。
 仕方が無いのだ。











 少女の身体に異変が起きたのは寒い冬の事だった。
 少女の身体がだんだんと言う事をきかなくなっていった。
 動かなくなった身体で旅は無理だった。
 剣士は少女を医者に見せた。
 しかし、医者はなにも言わずに首を横に振るだけだった。



 少女は日に日に痩せ細っていった。
 最初の内はまだ日の半分くらいは起きていても大丈夫だった。
 しかし、日が経つにつれ、病状は悪化していった。
 赤みがかっていた頬はこけ、腕は骨と皮だけになっている。
 明るかった花の少女の面影はもう何処にも無い。
 雪の降る外を見つめながら1日中ベッドに横になっていた。

 剣士は看病らしい看病は出来なかった。
 出来る事といえば、ただ側に居るだけだった。
 少女と一緒に旅をして、2年にもなった。
 何時の間にか、側に居る事が当たり前になっていた。




 冬も終わりに近付いた頃、少女は身体を起こす事も出来なくなっていた。
 見ていて痛々しい光景だった。

 剣士は祈るような気持ちで毎日少女を見てきた。
 せめて後二月生きていてほしい。
 そうすれば、季節は春。
 少女の好きな花で満たされる。
 しかし、それは叶わぬ夢だと言う事を剣士は知っていた。

 すでに少女の命は尽き掛けている。
 もう残り少ない命なのだ。
 最後に花を見る事無く少女は死んでいってしまう。
 剣士は遣る瀬無い気持ちでいっぱいだった。





 良い出合い方ではなかった。
 それでも次第に打ち解けていった。
 それなのにっ!

 剣士は普段は信じていない神を呪った。
 どうしてこの少女なのか、と。
 どうして自分でないのか、と。

 人を殺めてきたのは自分で罪人は自分のはずだっ!
 何故、この優しい少女を殺そうと言うのかっ!





 少女は見えているか分からないような虚ろな瞳を剣士に向けていた。
 剣士もその瞳を見つめ返す。
 少女の手を取り、なにも出来ない自分の弱さを呪い、悔やんだ。






 少女は冷たかった。
 生きている人間の体温はそこにはなかった。
 それでも少女は『まだ』生きている。


 その夜、少女は擦れた声で言った。
 抱いて欲しいと。





 少女の最後の願いだった。
 剣士はその願いを聞き入れた。














 翌朝、少女が目を開ける事はなかった。
 自らの腕の中で冷たくなった少女を剣士は見ていた。
 涙を堪えようともせずに剣士は泣き続けた。








 少女の遺体を埋めると、剣士はその周りに花の種を沢山蒔いた。
 またいつの日か、花として生まれてくる少女への剣士からの贈り物。
 日の当たる場所で少女は生き続ける。
 美しい花となって。







































 母のお話が終わると、子供は母に尋ねた。
「剣士はその後どうなったの?」
 母は答える。
「剣士はその後もずっと剣を振るい続けたの」
「そうなの?」
「ええ、剣士にとって剣を振るう事は生きるって事だから。でもね……」
 母は窓の外を見て、小さく微笑んだ。
「剣士は花の種を蒔くようになったの。斬った人のお墓に花の種を蒔いて、花を咲かせるの」
「そうなんだ…」
「剣士の通った後には花が咲き誇っていたの。だから、剣士は『花の騎士』って呼ばれるようになったの」
「女の子のその後は?」
「女の子も生まれ変わったわ。真っ赤なお花に姿を変えて……」
「真っ赤なお花って…外のお花?」
「そう、カーネーション。……女の子は生まれ変わったの」
 外の、すぐ側にある日の当たる場所で咲き乱れる赤い花を見つめて、母は言った。











 カーネーション。
 花になり、少女は再び生まれてくる。






























 
Re Incarnation




















トップに戻ります。