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石塚秀雄、Hideo ISHIZUKA

辻邦生『ある生涯の七つの場所』における社会思想家

           石塚秀雄
 
1. 日本と西洋 1920s-1970sの小説的入れ子型精神史

  辻邦生(1925-1999)の小説の中に、『ある生涯の七つの場所』がある。15年を掛けて完結したこの挿話小説は、全体で百の短編を七つの色(黄と赤の挿話、緑と橙の挿話、青と藍の挿話がそれぞれ交互に進み、、最後に菫の挿話が、それぞれの色の挿話は各14篇として構成され、それにプロローグとエピローグが付せられて、計100の連作長編として構成されている。独立した短編として、また同時に、長編の味を持つ連作として読める、というのが作者の意図であった。 多くの主人公が登場し、時代も1920年代から1970年代にいたる50年以上にわたるなかで、物語は時空を越えあるいは交錯し、いわば挿話の連続であるので、この小説の全体像は複雑なモザイク模様となっている。物語のはじめの主人公の「私」は二人設定されている。しかし、このことを読者がわかるのはずっと読み進めてからである。

「黄色い場所」の1950年代の私は、「赤い場所」の昭和10年代から始まる「私」の息子である。物語は、最初、この二人の私の物語、すなわち黄色と赤色の場所の挿話が交互に語られる。黄色の私はフランスを中心に恋人エマニエルとともに研究生活を送っている。昭和10年代の私は、父がアメリカ、ヨーロッパに遊学して戻ってこず、病身の母と一緒に暮らしたり離れて暮らしたりしており、その後松本の旧制高校、東京大学に進みドイツ文学を専攻するが、徴兵され戦死することになる。赤い場所はそうした若者ののビルディングスロマンの性格も兼ね備えた物語である。緑の場所また西洋人が挿話の主人公になる。彼らの多くは、フランスの人民戦線運動やスペイン内戦などに関わった人物で、なんらかの心の傷を負った人物たちとして登場する。しかしこの小説が政治的な出来事に特定の政治的な解釈に力点を置いているということは全然無くて、それはあくまでも人々の人生における物語の要素として大きな影を落としているという形となっている。それはたとえば、政治運動における裏切りや殺人であったりする。 一話完結型の挿話であり、登場人物も一見脈絡がない。「ある生涯」とは、いわば多数の生涯という複数型である、と作者は述べている。このタペストリイのように織られている物語であり、論者にとって興味あるのは、欧米で研究行脚をする二人の日本人の研究者が狂言回しとして登場していることである。一人は、農業経済研究者である「私」(祖父)であり、もう一人は「私」(子)が学問的研究対象としている宮辺音吉という日本の社会思想史の上で大きな業績を残したとされる架空の社会思想史研究者のヨーロッパでの足取りである。 すなわちこの物語は、1920年代にアメリカやヨーロッパで研究調査活動した私(祖父)、1930年代の軍国主義的な時代を過ごした若者である私(父)、その息子である1950年代をヨーロッパで研究調査活動をして過ごした私(子)、最後のエピローグではその息子である青年の僕(孫)という4代にわたる私の物語でもある。それらの私に関連するのが架空のヨーロッパ社会運動研究者である宮辺音吉であり、歴史的背景としてのスペイン内戦なのである。いちばん古い私と宮辺音吉は、アメリカでの調査研究上で共通の知人を持つが、私がヨーロッパにいったときに宮辺音吉は軍国主義の日本に入れ違いに戻り逮捕される。三番目の私は宮辺音吉評伝を書き、1960年頃に学会賞をとる。

2. 1930年代前後、ファシズムと人民戦線の時代 この二人の人物に特に注目することは、この小説の多様な人物の挿話がもたらす気分や小説の全体像を紹介することにはまったくならないけれども、この二人の人物が小説に大きな思想的骨格を与えており、登場人物たちに厚みを与える役割を果たしていると思われるからである。またヨーロッパ社会思想に興味を持つ論者としては、政治経済や社会運動が生身の人間の営為であるということと、どのように関連して理解するのかに関心があった。

2-1. 父の足跡 物語は、1950年代の息子である私と、昭和10年頃から始まるその父親である私の少年時代の挿話が併行してすすむ。 少年の父親は、役所を辞めて妻子を東京に残してアメリカとヨーロッパに農業経済の研究に遊学することになった。父からひさしぶりに息子に手紙が来るが、そのパリからの手紙には、ヨーロッパの政治情勢が記されている。1936年のフランスではファシズムの動きが急であり、社会党のレオン・ブルムがファシストのアクション・フランセーズの会員によりテロを受ける。こうした政治的混乱の中でフランス人民戦線が成立する。またスペインでは7月にフランコがモロッコで反乱するなどしてスペイン内戦が開始される。スペイン共産党の女性闘士ラ・パシオナリア(ドロレス・イバレリ)は有名な言葉、「彼らを通すまい(ノー・パサラン)」をスペイン人民戦線を守るべくラジオ演説するのである。【ドロレス・イバレリは、スペイン北部のアストリアス地方の出身で、若い頃ニシン売り行商をしていたというので、あだ名を「ラ・サルディネラ」ニシン売り女というあだ名を付けられたという話もある。内戦後、サンチャゴ・カリリョなどともにソビエトに長い間、亡命し、フランコ独裁体制終了後にスペインにもどり、国民的敬意を受けつつ、長寿をまっとうした。また「ノー・パサラン」という言葉は、かならずしも彼女が言い始めたオリジナルなスローガンでない。19世紀半ばにスペインであった最初の内戦ともいうべき、女帝継承問題に端を発したカルリスタ戦争のときに、カルリスタ党のスローガンの一つとしてすでに使われたことがある】。 また「青いろの場所からの挿話」(文庫第5巻、6巻)において私(父)のアメリカ、フランスの足取りを見ることができる。父は、1935年(昭和10年)に横浜からアメリカに出かけた。半年後(1936年)の父からの手紙では、フランスの人民戦線結成の動きなどのヨーロッパの政治情勢の新聞記事の切り抜きの訳が入っていた。「青いろの場所からの挿話」では、アメリカ行きの船客がアメリカに行く訳などの挿話、シアトルとおぼしき所での日本人移民の苦労話(これは荷風の『アメリカ物語』での挿話の手法を想起させる)。ワシントンに行き、労働運動などを調査する中で、アメリカ人労働者たちのスペイン内戦への関心、ニューヨークでの調査の中で、ユダヤ人、イタリア人、黒人たちと組合運動とヨーロッパ情勢、スペイン内戦への参加の願望などが描かれる。父は1938年にフランスに渡る。そこで労働組合、活動家などを紹介され調査にいくが、日本の中国侵略と東亜新秩序宣言なども、それらの人々の中で話題になっている。時に、フランスの人民戦線は敗北し、ミュンヘン会談でナチズムの暗雲はいよいよ重くなってくるのであるが、父は次のような感想を持つ。 「フランスの労働者は明るい。日本の社会主義といえば、陰惨な忍苦のイメージがある」。「人民戦線がつぶれかかっているのにフランスの労働者は朗らかだ。友情に厚く楽しげなのは、何故かと問うて、これは組合の組織や給与体系、社会保障だけを調べても答えの出てくるものではなさそうだ。もっと社会の奥に根を張るフランス人の歴史、文化、気質を考えなければどうにもならない」 この父と同じような役割を小説で果たすのがもう一人の人物である宮辺音吉である。

2-2. 宮辺音吉の足跡 「緑いろの場所」の狂言回しである宮辺音吉は、いわば在野の研究者となった人物である。「もともと宮辺音吉は、一定の学資があって勉学をつづけたというのではなく、アメリカに渡ったのも、下級船員としてであるし、アメリカからヨーロッパに移ったのも、さる富豪の秘書のような形で連れて行かれたのである」。宮辺は1920年代から1930年代にかけてにイギリスやフランスの社会主義者、アナーキストなどとの交流と労働体験の中で自己の思想形成を行っていった人物であり、「私」(子)は副論文の主題として宮辺の思想を追ううちにその足跡をたどる必要性を感じて、調査をおこなうという形で一部挿話が進んでいくのである。辻邦生がどうしてこうした人物を登場させたのか。この二人の人物は、欧米の政治経済、社会学的な研究をしつつ、官学留学ではなく自主留学のような形をとり、その価値判断の自由性を保持しており、その中身は当時の日本人知識人の平均的視点を遙かに凌駕したものになっているのである。 宮辺音吉は、ロンドンでは労働運動や組合運動に関心をもった。1926年に宮辺は、ドーバーの寒村に出かけている。宮辺の手紙にはドーバーの濃い霧のことがかかれていた。ロンドン時代の宮辺は大英博物館に通っている。フランスのブルゴーニュでは都市プロレタリアートと農民の関係を実践を通して観察した。パリではアナーキストたちとも知り合った。また宮辺は「集会などで闘士風に振る舞っている男が家に戻ると細君の前で猫のようにおとなしくなるとか、万国の労働者の団結を呼びかけている男が美食を唯一の楽しみにしているとか」書き付けている。 「宮辺のロンドンのノートには細字で経済理論や哲学の書き抜きが記されていたが、フランスにきてからのノートは、もっぱら、人物についての考察の記録が多くなっていく。宮辺音吉の社会主義の中に一種独特な響きがあるとすれば、おそらくこの頃の生活からの影響を無視できない」と作者は書いている。 「ミッシェリーヌと池でボートにのっているとき、ミッシェリーヌが私に日本での有給休暇について尋ねたので、休暇という観念がまだ労働者の側の権利として生まれていないのだ、というようなことを話した」。二年後にミッシェリーヌはマドリッドで、市民戦争のさなかの市街戦で流れ弾が彼女の額を貫いたのである。宮辺はフランス人民戦線のさなかのツールーズにおける社会党と共産党の統一大会を見聞した。ドイツではすでに国会放火事件があったが、1933に出かけたフライブルク大学ではハイデガーの講義を聴くことはできなかった。彼が学長になっていたので講義を受け持っていなかったからである。またミュンヘンで国家社会主義の実態をみた。 作者は記している。「宮辺音吉の日記やノート断片の中にもファシズムの指導者、思想家に対する全否定的な言辞がもう少し見いだされてよいような気もするが、それが案外すくないのは、同時代というものは、ほとんど同時的に他の声もかなり大きく聞こえるためなのだ。ファシズムの指導者が民族の団結と純血の誇りを訴えると、同じ日の別の新聞では民主的な国家機構を擁護する主張が展開されているという訳なのだ。問題は、その影響力、支配力、支持層などが、その二枚の新聞から、その二つの演説から、直ちに推測できない点にある。デモクラシーを擁護する声が一方に強く聞こえていて、新聞で読む限り、その主張は半々であるように見えても、時代の大勢はすでにデモクラシーを見棄てているということもありうるのである。」。「同時代というものは、決して歴史的な鳥瞰と等しい展望をもって現実全体を見ることはできないのである」「市内のユダヤ人の商店の襲撃は、宮辺音吉を含めて、それを狂信者の手になる不幸な偶発的な災難と見なしていたのだった」とある。 宮辺音吉がイタリアの労働組合運動を調べるためにミラノにいったのはエチオピア進入の翌年の夏ということなので、1936年である。1907年にノーベル平和賞をうけたエルネスト・モネータの親族がドイツでの友人であったので紹介されたからである。このモネータはミラノの旧家一族の人で、恒久平和主義の運動をした人物で、そのノーベル賞受賞演説を見ると、トマス・モアやカンパネルラのユートピア主義、カント平和論に共感を示している。宮野音吉はさらにトリノに出かけそしてミュンヘンにいく。再びフランスのブルターニュで港湾労働者の実態調査をし、ナントの商工会議所にいく。そして「きわめて保守性の強い資本家階級と人民戦線の将来にすべてを託している労働者階級とでは異民族同士のような懸隔と反発がある」と宮辺は書いている。 ストックホルムでは「何人かの組合関係者と会ったが、いずれも穏健な考え方をした人たちだった。彼らは社会主義にともなうインターナショナリズムに深い疑念を表明していた。たとえヨーロッパじゅうの社会主義者が団結したとしても北欧は独自な歩き方をするだろう、というのが当地の組合関係者たちの意見だった。 1936年8月カルチェラタンで三姉妹の物語では、「プロレタリアートのための住宅政策」のために取り壊されて音楽活動などができなくなってしまうが、その彼女たちはその政策を受け入れる態度を示すことが描かれる。最後に宮辺音吉は、日本に帰るマルセイユの港町で、船を待つ間にレストランで、売春婦らしき女と偶然隣り合わせて話しをする。 私(子)によれば、その後、「宮辺音吉は、社会主義の中にいわゆる社会主義臭のない詩や芸術を導入しようと試みたことがあ」り、宮沢賢治や道元の研究論文があるとされている。

小説のエピローグは、フランコ独裁終了後の1970年代後半に青年の僕(孫)がフランスからピレネーをこえて、バスでバスク地方のパンプローナからサラゴサに行く。青年は親たちに比べると屈託がない旅行者である。たまたま道中でスペイン内戦に参加したイギリスの老人に出会い、イギリスの詩人マシュウ・アーノルドの詩の朗読を屈託無く聞くところでこの長い物語は終わるのである。アナーキズムを信奉するこの詩人の詩を登場させることで作者はこの長い小説を締めくくったのである。

 

書評 非営協同.TXT" />

 非営利協同への道
 
1.はじめに。非営利協同論を一口で言うと。
 
 非営利協同とはなにか、どういうことを目指しているのかをこれから考えていきたいとおもいます。非営利とか協同とか急に言われても何をさしているのか、イメージがつかめないというのが当たり前だと思います。たしかに、現在、非営利セクターとかNPO(Non Profit organization)といった言葉をよく耳にします。阪神神戸大震災以降、非営利組織のボランティア活動の役割や評価が高まってきたようです。それはいざというときに役割を果たしたからでしょう。多くの個人や団体(それにはいわゆるやくざ組織まで入っていましたが)震災の被災者救援のためにボランタリイな気持ちで奮闘しましたことが、多くの国民の眼に新しい社会的連帯の萌芽と映ったのです。またいわゆる公的介護をめぐる福祉をめぐる社会的変化も、こうした非営利協同組織に関する議論と連結していると思われます。
 しかし、議論としての非営利協同論にはたくさんの立場があり考え方もニュアンスも異なります。この非営利協同論はそれではどの辺に位置するのでしょうか。第一にアメリカ型の非営利組織論ではない。第二に、日本型のボランタリイ、市民運動ではない。第三に、「アジア型家族共同体」論につながるものでもない。第四にヨーロッパ型のいくつかの福祉国家モデルの直接導入でもない。第五に従来の社会主義的理論モデルに基づくものでもない、が、マルクス・エンゲルス的考えを重視する、です。
 とりあえず、この非営利協同論とは違ういろいろな立場をあげましたが、どうしてかといえば、まずは、特殊なものを除いてその領域を確定するほうが理解に都合がよいと思われるからです。というのも、非営利協同論のまたがる範囲は、政治、経済、社会、人間と幅広く、経済セクターの領域においても、従来の国家、市場、家族という区分に、新しく加えられるべきセクターとして非営利協同セクターを挙げるべきだと考えるからです。
 私個人としては、非営利協同セクターというよりは、ヨーロッパで呼称されているように社会的経済セクターと呼んだほうが、より包括的であると考えますが、現在の通例にならって、非営利協同の用語を使いたいと思います。社会的経済についてはまた別の回で述べたいと思います。
 では、とりあえずの「非営利協同」の規定としては、「資本主義的利潤追求を第一義としない、社会連帯的な経済活動の形態であり、そうした事業組織の概念的総体を非営利協同セクターという」とすることにします。
 
表1.社会を構成する経済セクターの区分
      区分                       原理
   国家セクター(公式・公的セクター): 平等・非排除性
   市場セクター(公式・私的セクター): 営利(利潤)優先追求、競争的
   家族セクター(非公式セクター): 非営利、利他的
   非営利協同セクター(公式・共同的セクター。社会的経済セクター):
                営利非優先、協同的、社会的、民主的、競争的。
   NPOセクター(公式/非公式・協同的セクター):市民的、利他的、競争的、
 
   
2. 非営利協同論が登場した理由−政府の失敗と市場の失敗
 
 さて、なぜ、最近、非営利協同論が日本の一部で盛んになってきたのでしょうか。それは必然性があるからです。というのは、ヨーロッパではすでに、非営利協同セクターは極めて重要な位置を占めており、アメリカやカナダでも制度的に組み込まれて、大きな役割を認知されているからです。近代において、日本の議論は常に日本的特殊性を帯びているといって過言でありませんが、この非営利協同論においても、「欧米にくらべて遅れている」ということができるでしょう。なぜいつも「遅れる」のかといえば日本の近代化は先進国モデルの模倣の形をとったけれど、対象となる問題や実態にずれがあるからです。
 たとえば、「個人」、「社会」、「近代」、「権利」という言葉が入ってきた明治時代の先人は、訳語のすりあわせに大変苦労したという話しがあります(柳父 章『翻訳語成立事情』岩波新書)。同書によると、「社会」はsocietyの訳ですが、初期には「伴侶」という訳がつきました。福沢諭吉は、「人間交際」という訳を付けましたし、中村正直は「政府」すなわち「仲間連中」という訳語としました。個人individualは「一身の身持ち」と訳され、道徳的な側面が強調されました。権利rightを福沢諭吉は「通義」と訳して道徳的な意味を持たせました。いずれも先人の苦労が偲ばれる訳ですが、こんなとことをわざわざ持ち出したのは、概念定義というのは簡単でないということを強調したいためです。
 しばしば、概念が明確でないから議論ができないと言う人がいますが、社会科学では事はそう簡単ではないでしょう。むしろ概念明確化を不断に追求する作業こそが議論ではないでしょうか。エンゲルスも言っているように、絶対的真理、絶対的理性、絶対的正義などを主張しあうならば、互いにすり減らし合って、折衷論に陥ることになりかねません。もっと簡単に言うならば、思いこみや議論の食わず嫌いや止めて、検討しあうことが大切ということです。だいぶ横道にそれてしまいました。しかし、ふと入った路地に思わぬ発見の楽しみがあることも確かですから、ご容赦のほど。閑話休題。
 さて、非営利協同論の背景には、近年、社会経済を区分する従来の二分法の視点が崩れ始めたことがあります。従来は、国家セクター(公的セクター)と市場セクター(私的セクター)の二分法でありました。この2つをフォーマルセクター(国家統計に数字としてカウントできる経済セクター)とも呼んで、そこに入らないものをインフォーマルセクターとよびました。インフォーマルなものは家族(共同体)でした。「家族セクター」は実は、2つのフォーマルセクターを影で補完するために必要なセクターでした。この図式でうまく稼働していたのが、第二次世界大戦以後の先進国の福祉国家モデルでした。日本も戦後、福祉国家モデルを遅ればせながら模倣し、いくつかの社会政策を実施したものの、道半ば、新自由主義モデルの影響下で、政策転換をし日本型「福祉社会」への転換を図ったのが、70年代の石油ショックの頃でした。周知のように福祉国家モデルは、第二次世界大戦により社会主義国が東ヨーロッパに登場したために、資本主義国による対抗モデルでした。しかし、ヨーロッパの社会主義国崩壊を受けて、資本主義福祉国家モデルは成功したのでしょうか。70年代にイギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権が新自由主義の旗の下にいわゆる小さな政府論、民営化論を展開しました。日本の中曽根内閣による行革路線はその亜流でした。サッチャーは「社会などは存在しない。あるのは個人と市場だけよ」と言いました。しかし、この路線は、重大な問題をはらんでいました。いわゆる、欧米における「政府の失敗」と「市場の失敗」の議論です。
 政府の失敗とは、福祉国家批判として現れました。これまで、政府が福祉サービスをいわば「独占的」に提供して、「競争原理」の洗礼を受けていないので、高コストになり、租税収入の低下(経済成長の低下)に伴い赤字財政を作り出してしまった、というわけです。このために福祉「国家」の有効性、すなわちケインズ的な完全雇用と公共による事業という二本柱の国家サービスの在り方について、再編化がせまられることになりました。 市場の失敗とは、市場において資源配分が各人の勝手な経済活動の中で、自ずと最適な資源配分がされる(パレートというイタリアの経済学者の均衡理論で、パレート最適と呼ばれる)という説明では説明できない状況が現れたということです。日本では、公害問題の発生がその一つの例でした。公害という言葉が示すように、それは当初、企業の責任とは見なされなかったのです。市場以外に企業の責任は問われないものだったのです。チッソ裁判などによって、資本主義論理は経済外活動に対して無責任であることがはっきりしました。では、公害や環境問題に営利企業が責任を持たないとすれば、政府が責任を持ったのでしょうか。理論的には、公共財は私的財ではなくて道路や政府のサービスを言うのであって、企業の出したゴミや毒は含まれせんでしたので、新たな公害問題に対処するために理論的に、新たに「準公共財」という考えを導入しました。これは市場の失敗を政府の手により是正しようとする良き意図からでたものであることは確かです。
 しかし、この政府と市場のそれぞれの失敗により、国家権力にも頼らない、また営利企業的市場にも頼らない新しい社会経済的問題の解決の担い手として非営利協同セクターの役割が浮上してきたのです。
 したがって、非営利協同論の登場の背景としては、第一に、国家の役割と位置づけが変化してきたこと、第二に、営利企業の資本主義的市場は社会的諸問題に対応する論理を持ち合わせていないこと、第三に、その代案としてあるいはカバーするものとして(このへんは議論が分かれる点ですが)の非営利協同セクターの役割が認識され始めたことがあります。現象的には、先進国における失業、高齢化社会、社会的不安定性の増大などがあります。日本では、高齢化社会、公的介護保険などに関心が集中していますが、他の先進国では、失業、社会的弱者への社会的連帯などの問題のほうがより注目されているという特徴があります。
 
図 社会における経済セクター
 
 
3. 非営利協同セクターを構成するものはなにか
 
 つぎに、それでは非営利協同セクターを構成するものとして具体的に何を想定しているのでしょうか。「ギョウテとは俺のことかとゲーテ言い」という言葉がありますが、名指しされた組織は、「ウチが非営利協同組織なの?」と言うかもしれません。しかし、労働者の中にも「君は社会的には労働者階級に属すんだよ」と言われて、「えっ、そーなんですか?」なんて言う人もたくさんいる訳ですから、本人の自覚の有無とは無縁に「存在が存在を決定する、次いで意識を決定する」と言えるでしょう。ただし運動論として自覚が不可欠であるのは当然でしょう。
 さて、非営利協同セクターのモデルとして、一番わかりやすいのはヨーロッパ連合(EU)で公式化されている社会的経済セクターモデルでしょう。これには、次のような組織によって構成されていると見なされています。すなわち、
  協同組合
  共済的相互扶助組織
  非営利組織・財団
  (民主的営利企業)
 
 この最後の民主的営利企業の取扱いについては議論が分かれています。たとえば、スペインでは労働者株式会社法というのがあり、社会的経済セクターの一部であると見なされています。アメリカの民主的従業員持ち株会社(民主的ESOP)も含めるという考えもあります。一方で、非営利性を強調するNPO理論では、こうした組織を非営利セクターには含めないと主張する傾向が強くあります。さらには協同組合は営利活動をしているので非営利組織セクター含めないという従来のアメリカ的見解もあります。私見によれば、民主的営利企業も構成要素として含めたいと思います。イタリアの中小企業の地域発展運動への役割などを見ても、広範な組織を含めてセクターを緩やかに構成するのが社会的連帯の視点から良いと思われます。たとえば、アメリカの航空会社ユナイテッドは、約5万人の従業員をもつ会社ですが、労働組合員による自主管理企業に転換しており、自らを「社会的経済」企業と位置づけています。要は、実際に労働者が自主的民主的に経営をしているのかどうかが、大原則といえます。良い自主管理株式会社もあれば、悪いことをしでかす協同組合や信用組合もあるわけです。問題は法的区分であるよりも、内規定款でどのように定めているかの方が大事です。しかし、無原則では困りますから、どのような基本原則をこれらの組織は持つべきなのでしょうか?
 ヨーロッパの社会的経済セクター組織の原則は次のようなものが考えられています。
  1. 利益よりもメンバーやその全体に奉仕することを目的とする。
  2. 経営管理の自治。
  3. 民主的運営(一人一票)。
  4. 収入配分における、資本に対する人間と労働の優位。
  5. 資産の集団所有で再投資にむけること。
  6. 組織内部での教育・情報活動の重視−個人の開花。
  7. 社会的連帯経済であること。社会的経済セクターの発展志向。
  8. 自由加入。
  9. 政府からの自律。
 
 わが国では、富沢賢治先生が次のように非営利協同組織の特徴を要約しています。
  1. 開放性(開かれた組織、自発性にもとづく加入・脱退の自由)
  2. 自律性(政府その他の権力の直接的な統制下にない自治組織)
  3. 民主性(一人一票制を原則として民主主義と参加という価値に基づいて運営される組織)
  4. 非営利性(利潤極大化ではなく社会的目的の実現を第一義として運営される組織)
  (富沢賢治『非営利・協同入門』同時代社、1999)
 
 この二つの説明を合わせて見ると、非営利協同セクターの姿がおぼろげながら浮かんでくることと思います。考え方としては、こうした条件を持って運営される事業体(組織・企業)を非営利協同セクターの組織として区分しようということです。しかし、実際の法的区分では、こうしたことは可能ではありません。なぜならば、該当する法律がないからです。ご承知のようにわが国では、法人は基本的に営利法人と公益法人とに2区分されています。さらに財団法人、社団法人といった分け型があります。このいずれにも入らない協同組合などを中間法人と呼んでいます。そこにも入らないものは「法人格なき社団、権利能力なき社団」と呼んでいます。あくまでも私益と公益の二元論的発想が根強くあり、最近のNPO法制定もその伝統的発想の枠を越えていないものでした。非営利協同セクターの組織というカテゴリイは、そうしたこれまでの二分法を打ち破り、より社会的現実と社会的要請を反映した三分法に光を当てたものと言えます。
 さて、いくつかの原則はなにを具体的に言っているのでしょうか。なにごとにおいても、原則とは達成目標であり、必ずしも常に実現したり遵守できているものとは限りません。だからといって原則を立てなければ、方向性が見失われてしまうでしょう。ひとつの目標理念であります。
 まず、非営利協同セクターの組織の「開放性」とはどのようなことが想定できるでしょうか。これは一つには、社会的連帯とかかわった視点が重要になってきていると思われます。通常は、思想、人種民族、性差に関する自由として理解されているように、企業としてそうした差別化政策をとってはならないということと、いわゆる社会的弱者(ヨーロッパでは、失業者、女性、未成年、障害者、移民、元犯罪者、薬物中毒患者、高齢者などを含む)と連帯した活動を行うことが重視されます。また二つめには権利行使としての加入脱退の自由があるという視点です。これに関連してはアメリカのヒルシュマンという学者の「退出exitと発言voiceの理論」がよく知られています。非営利組織においてもまた、メンバーが組織の方針や説明に不満がある場合、「脱退」により経済的打撃を与えることを表明することにより自己の権利を守ることができるとするものです。「発言」は組織における政策的(政治的)権利行使であり、これは民主的参加原則とつながるものです。3つめには「情報不均衡」理論的な視点です。これによれば組織内における情報のアンバランスはメンバーの権利行使を疎外し、組織への忠誠心を損ないます。こうした議論の背景には、人々の社会権(市民権)を中軸に行動を考えていくという理念が大きな影響を与えてきているという事情があります。
 つぎに、「自律性」とはどのようなことでしょうか。非営協同セクターの中では「政府に抱かれて死の接吻を受けるな」という言葉があります。政府の紐付き、あるいはその他政治的団体(政党、労働組合)の紐付きになってしまうと、非営利協同組織が政策的自律性を失い、崩壊することが実際にも起きました。数年前、オーストリアの巨大生協が崩壊したのも、政党、労働組合、協同組合の構造的官僚的混同化が制度疲労したためでした。しかし、これは、非営利協同セクターが政府や政党、労働組合と無関係になれという単純なことではありません。相互に対等で民主的な協力関係を作り上げることが自律性の目的であり社会的責任であると言えます。
 「民主性」の眼目は、一人一票にあります。営利企業の場合、権利は金にのみ付属します。一株こそが当然とされます。しかし、非営利協同組織は、なによりも人間優先の組織ですから、一人が一票もつというのが原則です。どちらがより社会的でしょうか。選挙権はどうでしょうか。明治時代に選挙権が導入されたときには、高額納税者に対してだけだったり、貴族院といった身分による議会があったりしました。普通選挙権は1925年になって実施され、婦人参政権は戦後になってからでした。選挙権も、金や特権に基づくものから一人一票という平等なものになりました。経済活動をする企業が社会的な使命を自覚下場合には、選挙権と同じように一人一票制度を取るというのは決しておかしなことではないでしょう。しかし、さきほどのヒルシュマンが言うまでもなく、参加(発言)という権利行使はしんどいことも確かです。責任請負という義務も伴うからです。しかし、マルクスのいう個人の全面開花のためには自らの能動的参加が不可欠と言えるでしょう。
 しかし、非営利協同組織における参加は単に意志決定についてだけを言うのではありません。参加には基本的に3種類あります。第一に運営に意志決定(投票権、発言権という、政治的参加)。第二に、出資参加・配当報酬参加(会費・資本などの、経済的参加)、第三に労働参加または消費参加(働くことや逆にサービスを利用する社会的参加)です。
 最後の「非営利性」とは、なかなか難しいことです。非営利性とは、経済活動をする事業体は儲けてはいけないとか、黒字を出してはいけないということを言っているのではありません。非営利組織の事業体の第一目的は何なのか。営利企業のように出資資本に応じて個人が利益を分け合うことに目的を置くのではありません。働く人の生活権利を保障しつつ、社会的使命をもった労働を実現し、社会的に有用な物やサービスを提供することに置いていることです。欧米では最近、こうした企業をソーシャル・エンタープライズ(社会的企業あるいは社会貢献企業)という言葉で区分しています。
 
 
4. 非営利協同セクターへの疑問
 
 こうした非営利協同組織の考えにたいして、当然ながらいくつかの疑問や批判も出されています。私見に基づきいくつか想定問答をして見たいと思います。
 
 第一に、「非営利協同論は資本主義制度を否定するものなのか?」:
 原理的には否定するものだと考えます(他に共存論者、補完論者などがいます)。現在の資本主義制度が乗り越えられるべき歴史的なものであることは当然でしょう。しかし、だからといって資本の役割を否定するものではありません。alcoholismアルコール中毒症はいけないがお酒そのものが悪でしょうか? liberalism自由主義に反対でも自由そのもに反対な人はいるでしょうか。同じように資本主義capitalismはいけなくとも、私的所有形態の手段としての資本の役割がいらなくなる社会システムが発見されるまでは、キャピタルそのものを簡単に否定できないでしょう。ここで有効な選択肢は、社会的経済セクター原則の一つにある「資本に対する労働の優越」とは労働が資本の道具になるのではなくて、資本が労働に従属して道具化することです。賃労働の廃止を目指す点ではマルクス主義理論と共通しています。しかし、階級なき資本主義というものを想定するのはナンセンスというべきでしょう。しかし残念ながら最近の傾向は階級論は劣勢であることは否めません。
 さらにこの問題は非営利協同セクターのさらなる原則の一つである「社会変革への関心」と関連があります。どのような社会にするのかという問題意識は、実は古典的とも言えるものであり、「社会」そのものの存在を否定する新自由主義的な強力なライバルになる所以ですが、旧社会主義理論からすると物足りなく見られるのも確かです。それは政治的側面があまり重視されていないように見えるためと思われます。
 
 第二に、「非営利協同セクターの主体は誰か。労働者か他の階級か、市民か?」:
 これはNPO非営利組織や市民運動などが主体を「市民」と規定していることが多いこととも関連しています。「市民」概念を規定するのは意外と難しいと言えます。というのは、共同体とかコミュニテイとかの歴史的在り方が日本と欧米では異なり、市民の語源にはヨーロッパの歴史的社会的独自性があるからです。現在、欧米では市民権というのは個人を規定する上で重要で基本的な概念と見なされています。また、日本では市民権という言葉はまだ「市民権」を得ていないように思われますが、重要性を増していることは確かです。では、非営利協同セクターの主体は「労働者」でしょうか。そのとおりと言えます。しかし、「労働者」としてどんな人を想定しているのでしょうか。わが国の法律では、労働者(あるいは勤労者)は基本的に賃労働者と自営業者(自営労働者)の2種類として規定しています。一般に労働者といえば賃労働者を指しています。日本の法体系では、賃労働者を守られるべき弱者として労働3権(団結権、団体交渉権、団体争議権)を憲法代28条「勤労者の団結権」で保障しています。
 しかし実のところ、この2種類では、非営利協同組織の労働形態を正確に包含することはできません。このことがわが国では一種の混乱を引き起こしています。たとえば、労働組合の在り方と関連して、協同組合で働く人たちは労働者なのかそれとも自己雇用者(自営業)なのかという議論が行われています。日本の生協の場合は、原理的には消費者たる組合員が働く人を雇って経営するという形なので、確かに法律上は雇用関係があり「賃金労働者」であると言えます。その限りにおいて、法律的な権利が保障されるのは当然でしょう。しかし、法律をすべてに優先して重視すべきだというわけではありません。現に先にも述べましたように「法人格なき社団」というものが実態として認められているわけです。法律は素人考えで言うのですが、社会的妥協の産物でしょう。ただ政治的、経済的、社会的側面とちがって、法律には強制力がある点が違うと言えます。
 しかしいわゆる労働者協同組合のように働く人が組合員であるような組織の場合には、労働概念はより厳しい注目を浴びることになります。果たして、出資もする彼や彼女は資本家兼労働者なのか、自営業者なのか、自己雇用労働者なのか。
 こうした同様の問題が、以前にヨーロッパでもありました。この解決策はたとえば、スペイン、イタリアの法律では、第三の労働者の概念規定を法律で定義することによって解決しました。すなわち、「協同労働労働者」という区分です。ちょっとわかりずらいかもしれませんが、労働を持ち寄って働く労働者ということで、協同組合の組合員として働く人やスペインでは労働者株式会社の労働者を含めています。生産財を共同所有する労働者を指すとも言えます。古典的マルクス主義の階級概念では、所有と無所有が階級区分の重要要素であり、「これまでのすべての社会の歴史は階級闘争の歴史であったと述べられているように、社会変革における階級同士の摩擦が重視されています。日本の労働人口6000万人強の大部分は賃金労働者であり、依然として労資関係は重要な要素であり、労働者の権利擁護のために労働組合の役割も今後もますます重要性が増すべきでしょう。
 しかし、最近の社会学的区分では、階級区分よりも階層区分が主流になっています。これは分析上、階級区分でわけた統計がないということもありますが、基本的には階級闘争的視点の有効性が実体的に薄まったことを反映していると思われます。たとえば、日本社会における経済格差が拡大しており、1997年度では先進国ではアメリカについで第2番目に格差が大きい国だというデータがあるくらいですが、橘木俊詔『日本の経済格差』という本での分析の軸は、所得と資産、高所得者と低所得者区分、階層区分であって、階級という区分はでてきません。これを見ても、階級概念に基づく社会観は急速に下火になっているというのが現状です。
 今回は、始めに総論的なことを述べましたが、次より各論に入っていく予定です。
 
 本の紹介: エンゲルス『空想より科学へ』大月書店他
       河上肇『貧乏物語』岩波文庫他
       橘木俊詔『日本の経済格差−所得と資産から考える−』岩波新書
 

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