![]() | お伊勢柳の由来
村の堤防の傍らに大きな柳の木があります。 この大木を村の人々は「お伊勢柳」と呼んでいます。 その昔お伊勢さまのおふだを持っていた旅人が 越後に帰る途中、病気で柳の木の下で倒れていました 村人たちの介護の甲斐も無く亡くなりました。 人々は丁重にお弔いをしてその傍に柳の木を植えました。 そして「お伊勢柳」と誰もが口にするようになりました。 |
![]() | アンズの花に関係する民話は信州には数多くあります。
日本一のアンズの産地、更埴市森地区、春爛漫の様子 このアンズは、江戸時代に松代藩主が産業奨励のため 増産を図ったのが始まりと言われています。 |
![]() | 曹洞宗明月山 満 照 寺 更埴市小島
コタツの中に赤いおわん、有名な「満照寺のコタツ」 大永2年(1522)に夫山総田によって開創されました。 佐久間象山が生萱で大砲を試射した時その弾が 2キロ先の境内に落下したと言う逸話があります。 |
![]() | 尾米川原のおかめ女郎の舞台・・・更埴市桜堂の風景。
尾米川原もコンクリート用水路になり今では、人を化かす キツネに逢えません。 |