万  両 '92/1



万両の丈より高き赤さかな

田子の浦と富士の雪見る車窓かな

鈴懸落葉眼の前に落ち気の世界

病院の廊下に吹き込む落葉かな

冬の月夜店通りを谷中まで

詩は哀し賢治に切らるる野の芒

H氏賞に心騒げば月寒し
註)H氏賞は詩壇の最も権威ある賞.




後 楽 園 '92/2



先憂後楽の園一杯の紅葉かな

地下鉄員フランス風の冬帽子

古里の鯛のさしみでクリスマス

俳句手帳残り少なく年暮るる

バグダッドの友健在なりや今年も暮れ

高須賀義博一橋大学教授を悼む
切れる友と古里歩む二十五夜

初夢や亡き友豪気に語らへる




ソ連邦消ゆ '92/3



ノイマンの伝記書き継ぐ去年今年

何時もくる鴉なれども初鴉

ソ連を消してロシアと書きし賀状来る

洋風の七種粥はガンボ味

世界史の激動の中卒業す

穴熊戦王将しばしの冬篭

 将棋の谷川竜王就位式に祝辞
竜王に祝いの一句冴え返る




デ カ ル ト '92/4



吾思うデカルト朝寝の哲学者

デカルトにならい朝寝の思索かな

吾在りと思う朝の凍て返る

瑣事あまた肝を据えたる日向ぼこ

宇宙には語り得ぬことリンゴ剥く

法則は予言にあらずリンゴ食う

枝垂梅咲いて通勤路も楽し




浄 明 院    '92/5



雛段にフランス人形牡丹寺

牡丹の芽に大慈大悲の陽の射せる

濁世を嘆く気骨の濁り酒

掃き寄せて根雪のごとく落花積む

親友の往診嬉し風邪篭

診察台に上れば物体花冷ゆる

休養を兼ねて検査入院山桜




医師が患者となるとき   '92/6



四月寒医師が患者となる覚悟

覚悟というほどでもなくて四月寒

患者として病院に入る山桜

術後の身ただ横たえて蘭を見る

横たわるほかに術なし蘭を見る

休日の病室賑やか四月尽

術後の身にゴールデンウィーク過ぎてゆく




禁 酒 禁 煙    '92/7



退院後もしばらく禁酒梅雨間近か

何となく禁煙に入る菜種梅雨

しばらくは禁酒禁煙菜種梅雨

禁酒して意外に平気菜種梅雨

禁酒禁煙いつまで続く梅雨間近か

禁煙の飴をしゃぶって梅雨に入る

「家庭犬」誌俳壇の選者となる
ハウマッチ・ザ・ドッグの歌面白く若葉道




紫 陽 花 忌 '92/8



思い出す父の小話紫陽花忌

紫陽花忌父の仕込みし猫の芸

カサブランカという百合活けて退院す

芭蕉という新酒もありて句座楽し

禁煙も楽し梅雨の晴間の散歩道

梅雨明くる禁酒何時まで続くやら

将棋の谷川竜王・棋聖より扇
棋聖より知新の扇贈らるる




遠 花 火    '92/9



古里の友訪ね来て遠花火

バンクーバーのテラスで見たる遠花火

花火消え神宮の森に煙流る

原稿は手つかずナイター見るばかり

野球放送中止となりて桃を剥く

宇宙意識俳句意識の良夜なる

宇宙実験辞退して見る良夜かな
(註) 毛利さんらと宇宙実験を計画してみたが結局辞退.




日本シリーズ '92/10



日本シリーズ過ぎ行くままに命過ぐ

日本シリーズ語れば痛みの遠のける

日本シリーズ痛み押えて命逝く

再入院意外に迅し秋日暮

六十年の生涯悔いなし日本シリーズ終る

人生に為残したことなし日本シリーズ終る

人生に千日手あり日本シリーズ果つ



・・・完・・・